兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第238回 睡眠導入剤のお話】
兄ボケ(この連載の通称です!)ファンのみなさま、お待たせしました!久しぶりに財前先生(仮)のご登場です。ライターのツガエマナミコさんが一緒に暮らす若年性認知症の兄の主治医なのですが、ドラマ「白い巨塔」の主人公・財前先生のように冷徹なのです。財前先生に、マナミコさんの苦悩がわかる日が来るのでしょうか!(←編集部の声)
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ブレない財前先生とゆるゆるお便さま事件
「施設に入れたいから薬を出してください、なのか、そうじゃないかの2択ですよ」
これは、先日の通院日に排泄コントロールができないと特養への入所は難しいと言われ、睡眠導入剤のことをご相談したとき、「結局、どうします?」という問に「どうしたらいいのでしょう?」とわたくしが問返ししたときの兄の主治医・財前先生(仮)の的を射たひと言でございます。
わたくしが決めかねているので、「二者択一ですよ、簡単なことでしょ」と背中を押してくださったのでございましょう。先生らしいブレない物言いに清々しささえ感じました。でもなんとなくこの先生から薬を出していただくのが嫌だなと思ってしまい、「今回は止めておきます」とお答えし、睡眠導入剤はいただかずに帰ってまいりました。
財前先生(仮)は「排泄コントロールできるような薬はない」ということと「睡眠薬と睡眠導入剤は同じもの」とおっしゃいました。ただ効果が長いか短いかの違いで、基本的にはまったく同じだそうでございます。
特養への入所希望はひとまず取り下げましたし、しばらくは睡眠薬の必要性がないと判断してのことでしたが、最近の睡眠薬は昔と比べて依存性が少ないものもあるそうですから、のませるのませないは別として、出していただけるなら出していただけばおけばよかったかなと、少々思い直しました。3か月後の通院日にお願いすることといたします。
つい先日、入所を諦め、在宅介護の醍醐味を味わおう!と思った矢先、悲惨なゆるゆるお便さま攻撃で前向きな気持ちがポッキリ折れました。パンツの中にたまったゆるお便さまをトイレで立ったままボテボテと垂らしてしまった第一弾は許せたのですが、お風呂場で前ばかり洗う兄に、「おしりも汚れているから洗って」というお願いをまったく聞き入れてくれなかったのです。
体ごと後ろを向かせようとして抵抗にあい、兄に「なにすんだよ!」と睨まれたことで、不覚にもわたくしの怒りスイッチも入ってしまい、「なにすんだよはこっちの台詞だわ!」と放ってしまったのです。わたくしは堰を切ったように怒涛の不満が爆発し、「なんでこんなにいじめられなくちゃいけないの!」と、もうヒステリーオバサンでございます。
洗面所でお便さまのべったりついたズボンや靴下を下洗いしながら半泣き。でもそれを冷静に俯瞰している自分もいて、1%ほどお芝居をしているような気分でもございました。「こうして吐き出さないと精神崩壊するから」と言い訳し、気持ちを落ち着かせていきました。きっとお便さまの匂いは、わたくしの理性を破壊するスイッチなのだと思います。
それが一段落して、そろそろ服を着せなければと兄をみると、紙パンツもはかずにまた廊下でポタポタとゆるゆるお便さま第二弾を発射しておりました。トイレはまだ第一弾のお便さまが散らかっており、「そうか~」と仕方なく「もう一度お風呂場に…」と連れていこうとしたところ、キッチンにすでにひと山のゆるお便さまが存在しておりました。
「もう気がおかしくなっていいですか?」と呪文を唱え、兄にシャワーをいたしました。
お便さまがどんなに悲惨に散らばっていても、わたくしが掃除する以外に日常は戻ってきません。除菌スプレーと消臭スプレーで仕上げをすると、まるでなにもなかったかのようになり、怒りも落ち着いてまいります。兄はもう何も覚えていないのでしょう。出したお菓子をボリボリ食べておりました。
わたくしは今、徳を積んでいるつもりでおります。死ぬときは眠るように苦痛なく逝けるようにたくさん徳を積んでいこうと思っております。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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