猫が母になつきません 第379話「その日」
私の表現が曖昧で読者の皆様に誤解を与えてしまったのですが、母が家に戻ったのは亡くなってからです。入院中の母はほとんど意識がなく、ずっと呼吸器(マスク式)をつけ、点滴で水分を摂っている状態だったので家に連れて帰ることはできませんでした。状態が安定して転院しようとすると直前に具合が悪くなって転院は中止、ということを繰り返していました。家の明け渡しが迫っていて、私は母の病院のことと引越しの準備とでやらなくてはならないことが山盛り、夜には食事もせずにソファで寝落ちしてしまうという毎日でした。その日もソファで寝てしまって深夜2時過ぎに目が覚めて、とにかくお風呂に入りました。あたたまって人心地つき、ソファに座ったとたんにスマホが鳴りました。夜中の3時過ぎに弟から…内容は聞かなくてもだいたい想像がつきました。私が病院からの電話に出なかったので弟のところへ連絡が行き、母の息がもう無いようなのですぐに来てほしいということでした。弟は夜勤の最中なのですぐには行けないと。病院に電話をすると「何分くらいで来られますか?」「30分以内には」「4時までには来れますか?」「多分行けます」とにかくすぐに車に乗り病院に向かいました。深夜なので道路は空いていて病院にはいつもより短い時間で着きました。医師の死亡宣告は3時57分。あと3分で4時ちょうどだったな…とぼんやり考えていると突然看護師さんが「葬儀会社は決まってますか?」。「え?あ?ええ、なんとなく」「じゃあ、すぐ連絡してください」「え?今?来てくれますかね?」「来てくれますよ」。ほんとうははっきり決めていたわけではなく、もし母が引越し前に亡くなったら家で家族だけで葬儀をしたいと思っていて、そういうことに対応している葬儀会社をネットで検索したことがある程度でした。その時の記憶をたどってある葬儀会社に電話をすると朝の4時台なのにもかかわらず電話がつながり、5時ごろには病院に来てくれるということでした。私は朝までは待たなくてはならないものと思っていたので驚いて、こんな早朝に駆けつけてくれるのが信じられないような気持ちでいました。そこへ看護師さんが「体を綺麗にしますね。一緒にやりますか?」と声をかけてくれ、清拭(せいしき)を手伝わせてもらうことに。体を拭いたり、パジャマを着替えさせたり、メイクもしてもらいました。ファンデーション、頬紅、眉墨、口紅、下地クリーム、パフ、チップ、ブラシなどメイクに必要な物を小さなパレットにひとまとめにした、亡くなった方用の使い捨てのメイクセットがあることを知りました。葬儀屋さんは本当に5時過ぎにやってきて、初めて会うのにまるで約束していたみたいに手際よく母を真っ白い布団にくるみ、ストレッチャーに移し、車に乗せました。1ヶ月以上入院していた病院にあっという間に別れを告げ、私が葬儀社の車を先導して家に戻り、母を座敷に寝かせました。母はついに帰りたがっていた家に帰ってきたのです。私もできればこの家から母を送りたいと思っていました。引越しは9日後でした。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。