猫が母になつきません 第380話「じゅんびする」
まだ暗い早朝の座敷。引越しを9日後にひかえていたのですでに何もなくがらんとした部屋に母を横たえました。そこはまるで葬儀をするために準備されていたような感じで、葬儀会社の人も「これなら何も問題ないですね」。母の横でどういう葬儀にするのか打ち合わせ。「宗派は?」「家族だけで送りたいので」とお坊さんを断り、死装束も断り、遺影も断り、六文銭も断り、お花は暖色系で、骨折したから杖はいれとこう、仕出し弁当は若者もいるから肉ありで、みたいなことをどんどん決めて「一旦私は失礼して死亡届を出してきます」と葬儀会社の人はいなくなりました。家でひさしぶりに母と二人。しかし準備しなくてはならないことがいろいろあり、数時間後には葬儀会社の人が戻って来ます。
覚悟はしていたのですがやっぱりその日は急に来た感じでした。でもすでに自分の中で決めていたことはありました。写真は父と旅行に行った時のものや、孫の七五三に写真館で撮ったものなど家族と写っているものをいろいろ集めて写真立てを何個も並べました。白い着物のかわりに、わざわざ仕立てたのにほとんど着ることのなかったフォーマルなレースのジャケットと同色系のインナーとパンツ。棺に入れるのは旅行が好きだったのでパスポートとJRの会員証(そんなに使うことないけど、と言いながら毎年会費を払い続けていました)。家族写真(父母の写真。兄弟全員が一緒に写った写真←これが大人になってからのものが意外となかった)。何十年も使っていたセルロイドのおしろい入れ(人前に出る時は必ずおしろいははたいていた母の愛用品)。人形などを飾るのが好きだったので代表でマトリョーシカ(燃えるものでないとだめという理由もあり)。今思えば、棺に入れたものは母に持たせたいものというよりも、残しておくと私がつらくなりそうなものばかりだった気がします。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。