認知症の母の“推し”は舟木一夫 息子がコンサートに連れて行った日の気づきと9年ぶりのうちわ
ここ数年「推し活」がブームだが、介護ブロガーで作家の工藤広伸さんが遠距離介護している認知症の母にも長年の“推し”がいる。9年前に行ったコンサートで購入したファングッズのうちわを見た母の反応は? 母の記憶と推し活の経緯を振り返る。
認知症の母の「推し活」大ファンだった舟木一夫さん
母が20代の頃、主演の映画を欠かさず見に行っていたほどファンだったのが、舟木一夫さんです。当時の話を何度も聞かされていたわたしは、いつか岩手でコンサートがあったら、母を連れて行こうと思っていました。
今から9年前の2014年。三田明さん、西郷輝彦さん、舟木一夫さんの“青春歌謡BIG3コンサート”がありました。舟木さん単独コンサートではなかったものの、岩手に来る情報を入手したわたしは、母に内緒でチケットを2枚購入しました。
母は当時、認知症で要介護1、さらにシャルコー・マリー・トゥース病という難病の影響で手足が不自由のため、介助なしでは会場の座席までたどり着けないと思い、わたしの分も含めて2枚用意しました。
内緒で用意したコンサートのチケット
母にコンサートのことを早めに伝えると、当日まで「いつやるの?」「誰のコンサートなの?」「どこでやるの?」と質問攻めに合うため、直前まで内緒にしておくことにしました。
まず母には、コンサートに行くとは言わずに、舟木さんが岩手に来ることだけ伝えてみました。すると、
母:「舟木一夫? 今はもうトキメキがなくなったわよ」
母:「3人のコンサートなら、舟木さんの出番はちょっとしかないでしょ」
自分には関係のないことと、思ったからなのでしょうか? あまりにネガティブな反応を示す母に、内緒でチケットを購入していたわたしは、不安になりました。認知症になって推しへの興味も失せてしまったのでしょうか。
当日の朝にチケットを購入したと伝えるのは、あまりに急すぎると思ったため、前日の朝に話したところ、その日にいらしたヘルパーさんに嬉しそうにこう言ったのです。
母:「若い頃はね、舟木一夫と結婚したらどうしようと思っていたのよ!」
さらに母は見たことのないバッグをタンスの奥から引っ張り出してきたり、いつもは直さない服のほつれを丁寧に直したりしていました。どうやら、楽しみにしているようです。
想定していたとおり、コンサートに関する質問は前日から1日中続き、いよいよコンサート当日を迎えました。
コンサート当日の母の様子
コンサート会場へは少し早めに到着するようにしました。なぜなら、ファングッズを買ってもらうためです。認知症になってから、自分の好きなことにお金を使う機会が減っていたので、今日ぐらいはパーっと使ってもらおうと思ったのです。
グッズ売り場には、ファンの皆さんが殺到していました。わたしは母の歩行介助をしながら、なんとか販売員さんにアイコンタクトとジェスチャーで、「舟木一夫のうちわと写真集が欲しい!」と伝えることができ、無事にファングッズも購入できました。早く来てよかった!
指定の席に座り、いよいよコンサートが始まりました。
舟木さんが登場するのは、三田さん、西郷さんの後で、コンサートが始まってから90分後くらいです。母が寝てしまうのではないかと心配でしたが、最初のお2人の歌が素晴らしく、MCも面白かったので、最後までしっかり起きていてくれました。
そして、お待ちかねの舟木一夫さんが登場しました。母の様子には、それほど変化はありませんでした。忘れてしまったのかなと思ったのですが、『高校三年生』のメロディーが流れると、母に変化がありました。
ファンのかたたちは歌詞を丸暗記しているようで、会場全体にファンの歌声が響き、それにつられて母もご機嫌で懐かしい歌を口ずさんでいるように見えました。
コンサートから9年、母の推し活はどうなった?
コンサートから9年経った今、あの時買った写真集はホコリをかぶり、うちわは使われずに居間の飾り棚の中にありました。
母はエンディングノートの「棺に入れてほしいもの」に舟木一夫の雑誌やCD」と書くほどのファンでしたが、9年間で母の認知症は重度まで進行し、現在は要介護4。舟木さんが推しだったことをどのくらい覚えているのでしょうか。
→母がエンディングノートの”棺に入れてほしいもの”に「舟木一夫の雑誌やCD」と綴った実際の写真
今年の夏、岩手の実家に帰省してみると、母がうちわをパタパタさせて涼んでいました。手にもっていたうちわは、あのときの舟木さんのうちわだったのです。
いつも使っているうちわがあるはずなのに、なぜ9年ぶりに舟木さんのうちわを棚から出したのかは謎ですが、今夏のあまりの猛暑に耐えられず、目に入ったうちわを反射的に使ったのかもしれません。
うちわの舟木一夫さんを見た母の反応
わたし:「懐かしい、そのうちわ。舟木一夫のコンサートに、一緒に行ったね」
母:「そうだったかしら? 舟木一夫はどこにいるの?」
わたし:「ほら、このうちわの人。英語でFUNAKI KAZUOって書いてあるでしょ?」
母:「えー、この人じゃないって」
主演映画をはしごするほど好きだった舟木さんの顔を、母はどうやら忘れてしまったようです。最も近くにいる息子の顔を見て「あんた誰だっけ?」と言うくらいなので、やむを得ないかもしれません。
母の推しの記憶は薄れているようですが、もし母が認知症でなかったら、コンサートに連れて行くことはしなかったはずですし、覚えていたとしても、それはそれでなんだか照れくさいものです。
母と並んで舟木さんの歌を楽しんだあの日の推し活――認知症のせいとはいえ、いい感じで忘れてくれたので、堂々と親孝行の話ができるのだと今になって思うのです。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442。
●帰省時がチャンス!「エンディングノートは親と一緒に作成すべき」と認知症の母を介護する息子が語る理由