「高額のお布施を渡した」「隣の家の盆栽を割ってしまった」・・・“認知症とお金”にまつわるトラブル事例に学ぶ財産と命を守る方法を専門家が指南
「お金盗ったでしょ」。認知症の親にそう言われて頭を抱えている家族の事例は少なくない。しかしその言葉、ひょっとしたらまだいい方なのかもしれない。本当に他人にお金を盗られ、使われていたとしたら――取り返しがつかない事態になる前に読んでおきたい11の「失敗談」をお伝えする。
教えてくれた人
奥村歩さん/おくむらメモリークリニック院長、太田差惠子さん/介護・暮らしジャーナリスト
2025年には高齢者の5人に1人が認知症に…。親のお金はどう守る?
東京都の小林恵さん(51才・仮名)の母親は81才。軽度の認知症を患っているが体の調子はすこぶるよく、定期的にデイサービスに通っている。
「特にA子という友達ができてから、表情がずいぶん明るくなったんです」(小林さん)
だがある日、異変が生じた。小林さんの家から、へそくりの25万円が消失したのだ。
「わが家は夫と母の3人暮らしで、泥棒が入った形跡はない。一体なぜ…と首をかしげていたら、デイサービスの職員に“お母さんがA子にお札の入った封筒を渡していたようだ”と教えられて、すぐに母を問いただすと“お布施として渡した”と白状しました。実は、【1】A子はある新興宗教の信者で、母を言葉巧みに勧誘していたのです。母はA子を信じて、私の夫の持病を神さまに治してもらうためA子に25万円を渡したと言いました」(小林さん)
その後、小林さんの母の部屋からは宗教のお札や教本が次々に見つかった。小林さんはA子やその家族に母が渡したお金の返還を求めたが、聞き入れてもらえなかった。
「弁護士に相談しても、お札や教本などの価値は明確でないから詐欺にも当たらないと言われ、泣き寝入りです。そもそも“母自らの意思でお金を渡した”と言われたら、こちらは何も反論できない。その後、A子は姿を消しましたが母はいまだに彼女を慕っていて…ふびんだし何より悔しく思います」(小林さん)
認知症によって判断能力が低下した高齢者の「お金をめぐるトラブル」が多発している。認知症に詳しいおくむらメモリークリニック院長の奥村歩さんが指摘する。
「認知症は何らかの理由で脳の働きが低下して症状が出ている状態を指します。特に罹患者の多いアルツハイマー型認知症は、少し前の記憶をつかさどる脳の海馬に影響して物忘れの症状が出ます。加えて認知症は全般的に不安や焦り、妄想などの症状が出る。そうした状態に詐欺師が付け込んで詐欺を働けば、あっという間にたんす預金や通帳残高がゼロになってしまうのです」(奥村さん)
2年後の2025年には約700万人、65才以上の5人に1人が認知症になると予測される。そんななか、それに伴う金銭トラブルの増加は避けられないだろう。
実例を知っておくことが、未然に防ぐためのいちばんの方法になる。
認知症の妻を狙う「後夫業」も
介護の支えとなるはずのホームヘルパーが災いを招くこともある。東京都の片岡良子さん(56才・仮名)は認知症になった義父(78才)の通帳を見たことで、半年間で5万円ずつ計7回もの不審な引き出しがあったと気づいた。
「義父は年金用の口座を自分で管理していたのですが、あるとき久しぶりに引き出しに同行したことで発覚しました。本人に聞いても要領を得ないので金融機関に防犯カメラを調べてもらうと、【2】ヘルパーの女性と一緒にATMを操作していた。すぐに派遣会社に連絡して女性に返金を求めましたが、ATMに同行したことは認めても“お金は受け取っていない”の一点張り。証拠もなかったので返還はあきらめました」(片岡さん)
ヘルパー関連では「【3】後妻業」も横行している。介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんが語る。
「実際、妻に先立たれて認知症が進行した高齢の男性が担当ヘルパーだった女性と結婚したケースがあり、本人は納得していても子供らは“財産目当て”と受け止めたようです。最近は夫を失った妻に認知症があり、そこに若い男が入り込む『【4】後夫業』も出てきています」
身に覚えのない請求を受けるトラブルも発生
症状が原因で、思わぬところから金銭を要求されるケースも多発している。
栃木県の萩野順子さん(50才・仮名)の80代の母親は、認知症に罹患してから近所を歩き回るようになった。
「適当に散歩して気がすめば帰ってくるので徘徊と言うほどでもないのですが、ある日勝手にご近所の庭に入り込んで【5】高価な盆栽を割ってしまった。そのお宅に言わせると“500万円はくだらない”とのこと。お金のことはもちろん、他人の家に入るなんて…一気に血の気が引きました。幸い、同居している娘が個人賠償責任保険に加入しており、母も補償対象となっていたため保険で補てんすることができ、相手様にも勝手にお庭に侵入したことは謝罪して事なきを得ました。ちなみに保険会社が査定した盆栽の価値はわずか50万円。それはそれであぜんとしました(苦笑)」(萩野さん)
大阪府の豊川美音さん(22才・仮名)の母(41才)は若年性認知症と診断され、15年間働いていた工場を退職した。母子家庭で家計が厳しく、豊川さんが福祉事務所に相談しようと考えていた矢先、母の元同僚という3人の女性から「【6】お母さんに貸したお金を返してほしい」と催促された。借用書はないが、3人は「貸したところを見た」とお互いが証人であることを強調。返還を求められた金額は1人10万円の計30万円だった。
「3人と私と母が面会した際、彼女らの“貸したよね”という念押しに母がぼんやり“うん、借りた”と返答しましたが、どこまで本当なのか不明です。無料相談の弁護士にも聞きましたが、“お金を渡さずに済む方法もあるけど、弁護士費用を考えると割に合わない”とのこと。なけなしの30万円を渡してこれ以上の請求がないよう念書を書いてもらいましたが、いまも納得できません」(豊川さん)
83才の義母の留守中、何げなく押し入れを開けた神奈川県の白井雅子さん(60才・仮名)は思わず目を見張った。そこには、【7】バッグや家電、化粧品や健康器具などあらゆる品物が山積みになっていた。
「義母は通販番組を見て片っ端から商品を注文し、私たちが留守の間に受け取っていたようで商品の総額は65万円にものぼりました」(白井さん)
義母が購入した商品はすべて開封済み、または期限切れで返品できるものはなく、高い買い物になった。それでも白井さんは義母を怒る気にはなれなかったという。
「認知症になってからひとりでは買い物に行かせてもらえず、家族と出かけると制約だらけ。義母はその鬱憤(うっぷん)を通販で晴らしていたのかもしれません。近隣の宅配業者に連絡して誰かが必ず家にいる夜間に品物が届くようにしてもらうと同時に、今後は義母に窮屈な思いをさせないことも心がけました」(白井さん)
認知症のドライバーによる交通事故も増えている
さらに大きなリスクとなり得るのが「【8】車の運転」だ。奥村さんが指摘する。
「完全に認知症になる前の、“物忘れはあるけど、まだ大丈夫”という状態であっても、幼稚園児の列やコンビニに運転する車が突っ込むリスクがあります。金銭的に巨額な賠償になるだけでなく、他人の命を奪ってしまいかねない。少しでも症状が出始めたら車の運転には特に慎重になってほしい」
ほかにも【9】ひとりでタクシーを利用した認知症患者が、目的地がわからなくなり、東京から大阪まで乗車して多額の乗車賃を払ったケースがある。そうした大金の支払いに頭を抱える人がいる一方、【10】お金が使えなくなるトラブルも多発している。
認知症を患い、判断能力がないとみなされると銀行や証券などの金融口座が凍結される恐れがある。すると本人だけでなく、家族でもお金を引き出せなくなるのだ。いったん財産が凍結されると「成年後見制度」を用いないと問題が解決できないので要注意。
認知症に備えた相続対策を行う必要がある
死後にトラブルが生じるケースも少なくない。今年7月、81才の母が他界した長野県の橋本良子さん(54才・仮名)が巻き込まれたのは【11】遺言書のトラブルだ。
資産家の母は5年前に公証役場で遺言書を作成したが、その3年後に自筆で新たに作った遺言書が見つかった。
ルール上は新しい日付の遺言書が優先されるが、問題は認知症が関連すると法的な効力が認められるかどうか微妙になることだ。
「母は一度遺言を書いたのち、その後兄との関係が悪化したため、素行を不満に思って書き換えたと思われます。当時の母の日記には“頭がしっかりしているうちに遺言書を書き直す”と書かれていましたが、実際に書き直したのは認知症の症状が出た後でした。兄は自分に有利な内容である先の遺言が有効と主張し、私は兄に不利な後の遺言が正しいと主張。弁護士は遺言の有効性を認めるのが難しいので法定相続分での決着をすすめますが、私も兄も納得できず、兄妹でしばらく揉めそうです」(橋本さん)
写真/PIXTA
※女性セブン2023年9月28日号
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