長生きする”正しい昼寝”のコツを睡眠の専門医が解説「30分の昼寝で認知症の発症率7分の1に」
「春眠暁を覚えず」── 約1300年も前から、人類は春になると「眠気」と闘ってきたことがわかる。もし、昼間に耐えがたい眠気に襲われたら、がまんせずに眠ってほしい。昼寝を制する者は、良質な夜の眠りまで制することができるからだ。いま、私たちに足りないものは“正しい昼寝”なのだ。
日本人の7割が睡眠時間が7時間未満
日本人は“世界一睡眠時間が短い国民”といわれる。
実際、2021年のOECDの調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、これは33の加盟国の中でもっとも短い。アメリカは8時間51分、イギリスは8時間28分、フランスは8時間32分と、日本は他国と比べて1時間以上、睡眠が足りていない。
近年はさらに時間が短くなっており、昨年の厚生労働省の報告によると、日本人の7割が睡眠時間が7時間未満だった。
睡眠専門医で雨晴(あまはらし)クリニック院長の坪田聡さんが指摘する。
「睡眠不足は少しずつ体をむしばんでいきます。特に恐ろしいのが、脳への影響。眠っている間、脳の中では“掃除”が行われていて、『アミロイドβ』と呼ばれるたんぱく質が睡眠中に脳から排出されています。ところが、睡眠時間が短くなってアミロイドβがたまると脳細胞が死んでしまう。アルツハイマー型認知症の原因物質の一種だと考えられていて、実際にアルツハイマー型認知症の人の脳には、アミロイドβが多いことがわかっています」
つまり、充分な睡眠が取れていないと脳が“ゴミ屋敷”になってしまうのだ。
とはいえ、誰もが仕事や家事に追われる毎日では、睡眠時間を増やすのはそう簡単なことではない。
大谷翔平も“食後の昼寝”が習慣
睡眠不足を解消するもっとも手っ取り早い方法こそが「昼寝」。米スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長の西野精治さんが言う。
「337人の高齢アルツハイマー患者とその配偶者260人を対象にした調査では、毎日30分未満の昼寝をする人は、昼寝をしない人と比べて、認知症の発症率が約7分の1になりました。毎日30分~1時間ほどの昼寝をする群の認知症発症率も、昼寝をしない群の約2分の1となっています。
30分未満、少なくとも1時間未満の昼寝は、脳のパフォーマンスを一時的に向上させるほか、認知症をはじめとするさまざまな疾患リスクを低下させている可能性が高いのです」(西野さん・以下同)
実際に、NASAが宇宙飛行士の睡眠を対象に行った研究では、昼に26分間の仮眠を取った宇宙飛行士は、認知機能が34%、注意力が54%も上がったという。こうした効果からも、アップルやグーグル、マイクロソフトといった世界の名だたる一流企業の多くが勤務時間中の「パワーナップ(20分程度の仮眠)」を取り入れている。中でもアップル創業者のスティーブ・ジョブズは、夜は4時間ほどしか眠らないショートスリーパーながら日中の仮眠は重視しており、「仮眠ができないような会社には来たくない」という言葉を残している。
日本をWBC優勝に導いた大谷翔平(28才)も、「夜の睡眠時間をキッチリ確保したうえで、さらに昼寝の習慣がある」と、寝具メーカーのインタビューで明かしている。特に連戦で体力の温存が難しいときは、食事から球場入りまでの間に2時間近く昼寝することもあるという。
コロナ禍前までは球場には選手用の仮眠室も用意されており「頭にタオルをかけて仮眠を取っているチームメートもいた」とも話している。
世界トップクラスのアスリートもビジネスマンも、常にベストなコンディションを保つために、積極的に昼寝しているのだ。ただし「ただ昼寝すればいい」というわけではない。1日30分未満の昼寝が認知症を遠ざける一方、連日ハードな運動をするアスリートを除けば、長すぎる昼寝はむしろ、健康を害するのだ。
「1日1時間以上昼寝する人は、昼寝しない人と比べて、認知症の発症率が2倍になることがわかっています。そもそも、眠るときは体温が下がっている必要があり、1日のうち体温が高い昼間に1時間以上も眠ることができてしまう時点で、脳や自律神経に何らかの異常が起きているとも言える。もしくは、深刻な睡眠負債を抱えている可能性があります」
睡眠負債とは「慢性化した睡眠不足」のこと。1日あたりの睡眠不足は数十分だとしても、それが何日も続くとまるで借金のように脳に蓄積し、長期的に健康を害したり、脳機能を低下させることがわかっているのだ。
「脳と体の疲労が充分に回復していないことで集中力や注意力が低下し、脳の働きは酩酊状態のときと変わらない程度にまで落ちるといわれています。3~4日ほど睡眠不足の日が続くと、日中に1~10秒ほど、本人も気づかないほどの短時間の眠りに落ちる『マイクロスリープ』という現象が起きやすくなる。はっきりした原因がわからない運転中の事故などは、ほとんどがマイクロスリープによるものではないかと考えられています」
正しい昼寝はベッドよりソファで!
正しい昼寝においてもっとも重要なのは「時間」だ。
体内時計を狂わせないよう、正午から午後3時までの間に昼寝するといい。
「体内時計による眠気のピークは、深夜2~4時頃と『午後2~4時頃』です。この午後の時間帯より前に昼寝をしておくことで“眠気の先取り”になり、午後を活動的に過ごすことができる。すると、ほどよく体が疲れて、その日の夜の睡眠の質を上げることにつながります」(坪田さん)
30分以上の昼寝は“眠りすぎ”。夜眠れなくなり、翌日以降の日中の眠気や、体内時計の乱れを招く。そのため、最長でも30分程度にとどめること。
快眠セラピストの三橋美穂さんは「55才以上なら30分以内、55才未満なら20分以内の昼寝がおすすめです」と解説する。
「快適すぎると長く眠ってしまいやすくなるため、あえてソファの背もたれに寄りかかったり、いすに座って机に突っ伏した体勢を取るのがいい。また、昼寝の前にコーヒーを飲むことで、眠りすぎを予防できます。カフェインの覚醒作用は、飲んでから約30分後に効き始めるため、20~30分間の昼寝の前に飲むことで、ちょうど起きる時間に、コーヒーの眠気覚まし効果を得ることができるのです。アイスコーヒーよりもホットコーヒーの方が、カフェインの効果が早く表れます。ただし、夜の睡眠に影響しないよう、午後4時以降はコーヒーを飲むのは控えてください」(三橋さん)
コーヒーが苦手なら、緑茶や紅茶、ココアなどでもいい。コーヒーと比較すると少量にはなるものの、カフェインを摂取することができる。
午後の短時間の仮眠がいいとは言っても、電車やバスなど、移動中に居眠りをするのはあまり推奨できない。
「つい眠ってしまうのであれば、体が睡眠を欲しているということなので、がまんする必要はありません。ですが、電車の中は騒音や揺れによって目が覚めやすく、良質な睡眠を取るのは難しい。やはり、睡眠に適した環境で必要な睡眠時間を確保するのが理想のため、交通機関の中で不足した睡眠を補うのは、根本的な解決にはならないでしょう」(西野さん)
移動中にどうしても眠くなってしまったら、眠気に抗う必要はない。だが「通勤電車の中で眠れるから、夜更かししても大丈夫」などと過信するのはNGだ。
休日の寝だめは“時差ボケ”を招く
“一億総睡眠不足”のわが国では、多くの人が睡眠負債を抱えているはず。それを返済するために、正しく昼寝をするとともに夜の睡眠時間を延ばすことにも取り組みたい。反対に、朝の「二度寝」や休日の「寝だめ」は、睡眠不足の解消には向かない。
「起きる時間がコロコロ変わると体内時計が乱れ、夜の寝つきが悪くなったり、睡眠の質が低下したり、ホルモンや自律神経のバランスが乱れたり、睡眠にかかわるすべての機能が狂うのです。特に、眠りに落ちる時刻と朝目覚める時刻のちょうど真ん中を指す『中央時刻』に2時間以上の差が出ると、常に時差ボケが起きているかのように頭が働かなくなったり、昼間に眠気が強いのに夜は目がさえて眠れなくなったりする『社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)』という状態になります。れはうつや心疾患、糖尿病などのリスクも上げるとされています」(三橋さん)
例えば、平日は0時に就寝して6時に起きているなら、中央時刻は午前3時。これが、休日に午前2時に就寝して11時に起床すると、中央時刻は午前6時30分になり、平日と休日の間には3.5時間の“時差ボケ”が生じるということだ。
トータルの睡眠時間を増やして一時的に睡眠負債を返済することはできても、就寝時刻や起床時刻がバラバラでは、その後の睡眠の質が低下し、結果的に再び負債を抱えることになるのだ。
睡眠負債がたまっているなら、休日にいつもより少し長く眠るのは自然なこと。だが、平日と休日の睡眠時間の差は2時間以内にしてほしい。
「できれば、平日の2時間前に就寝したり、2時間後に起床するよりも“1時間早く眠って、1時間遅く起きる”方がいい。こうすれば、睡眠時間の中央時刻が変わらず、社会的時差ボケを防ぐことができます。また、二度寝をするなら1回だけ、20分以内にとどめれば問題ありません。朝起きて、そこから続けて“20分間の仮眠”を取ると考えれば、悪いことではありません。眠気が覚めて頭がスッキリしたり、やる気が出たり、いい影響が出ると考えられます。ただし、三度寝、四度寝と繰り返すと、体内時計の乱れを招き、夜の睡眠の質を落とすことにつながります」(坪田さん)
二度寝では足りないほど眠気が強い日は、ダラダラ寝続けず、一度起き上がること。日の光を浴びて食事を済ませて、体内時計を整えてから、大谷やジョブズにならっていさぎよく「正しい昼寝」をすべきだ。
三橋さんは「結局のところ、いちばんは、朝の起床後に太陽の光を浴びること」だと話す。
「太陽の光を浴びることで体内時計はリセットされ、眠気をもたらす睡眠ホルモンの『メラトニン』が減少して目が覚めます。理想は、起きる時間の15~30分ほど前から少しずつ太陽の光を浴びること。日の出が早くなってきたので、起きたい時間より早く目が覚めてしまわないよう、カーテンは閉めておきましょう。『mornin’plus』など、レールに取りつけると好きな時間に自動でカーテンを開けてくれるタイマーもあるので、活用してみてもいいでしょう」(三橋さん)
正しい昼寝で、人生の質を上げよう。
健康を呼び込む正しい昼寝のコツ【まとめ】
●正午から午後3時までの間に昼寝する。
●昼寝する前にコーヒーを飲む。アイスよりホットの方が効くのが早い。
●コーヒーが苦手なら、緑茶や紅茶、ココアなどでもよい。
●55才以上は30分位内、55才未満は20分位内にとどめる。
●横にならず、ソファに座って背もたれに寄りかかったり、机に突っ伏したりした体勢で寝る。
●電車やバスに乗っているときはできるだけ寝ないようにする。
●朝の二度寝は20分までにとどめる。
●休日と平日の睡眠時間の差は2時間以内にする。
教えてくれた人
坪田聡さん/睡眠専門医で雨晴クリニック院長
西野精治さん/米スタンフォード大学睡眠生体リズム研究所所長
三橋美穂さん/快眠セラピスト
※女性セブン2023年4月13日号
https://josei7.com/
●ぐっすり眠るために必要な5つの習慣「朝のバナナが夜の快眠を作る」理由を専門医が解説