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連載

【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第36回 頑張りすぎない介護って?」

 写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんによるフォトエッセイ。父亡き後に認知症を発症した92才の母と千葉・勝浦で暮らす飯田さんが、日々の様子を美しい写真とともに綴ります。

私の中の「母像」が定まってきた

 立春を越えると、陽光が変わる。あわい色調の、目覚めたばかりの太陽のベールが朝日の中の兆しに感じる。三寒四温で春へと向かってゆくのを光や肌で感じる。

 勝浦の我が家は海から坂を200mも上がったところなので、寒い日の朝には霜柱も立つし、バケツの水も凍る。

 コロナ感染が理由で施設の受け入れが滞っていたこともあり、母はずっと家にいる。私もそんな暮らしのパターンにも慣れてきた。

 自分の中で、「母像」の焦点が定まってきたように感じるのだ。「92歳で認知症で歯がない母」と「かつて、私が撮影に出かける時に安心して留守を任せていた時代の母」とのイメージ。ようやく、今のイメージでの齟齬が自分の中でなくなってきたのだろう。

「介護はプロに任せるに限りますよ。自分の親だとついキツイ口調になってしまうし」と友人からのアドヴァイスがあったことを思い出す。

 それは家族として過ごしてきた時代の親の行動や言動、イメージを裏切られた時の驚きや戸惑いを感じてしまうことが大きな要因なのだと思う。

 最近は今の母に対して、ある意味の愛おしくすら感じている自分がいる。そして、ちょっと客観的に眺めると、その姿は自分の母というより、スターウォーズに出てくる「ヨーダ」のように性別不明な妖精のような雰囲気すらまとっている気がしている。

突然の来客にご機嫌な母

 ある日、早朝に電話が鳴った。

「飯田さん、勝浦の家にいるの?実はね、僕今日勝浦でゴルフするんだよ」

 房総に移住して以来の長い友人のガラス作家O氏からだった。

「ええっ!サーファーがいつからゴルファーになったの?家にいますよ。」と私。

 母も一緒に何度か彼の工房にお邪魔したこともあり、急な来訪を喜んだ。

 O氏のお母様も母と近い年齢で、基本お一人で東京で暮らしていらっしゃる。今年からO氏の娘さんが大学に入学し、祖母であるO氏のお母様と暮らしているという。

「耳が遠くなってしまってね。でも、毎日1回は僕が電話入れるようにしてるんだ。飯田さんのお母さん、編み物うまいね~」

 母はアーティストのO氏に褒められてご機嫌だ。次々と毛糸の作品を持ってくる。

「そういえば我が家のダイニングの椅子もかなり古くなってきたから、お母さん、編んでくれたら嬉しいなあ」とO氏。

「あら、私で良かったら喜んで!」

 母はO氏との会話に目がキラキラしている。

「お母様のお仕事ができましたね!」とO氏。

 そういえば、施設に行かないということは、母はこのふた月ほど、私以外の誰ともほぼ話していないのだった。

久しぶりのショートステイ再開

 そうこうしているうちに、施設も通常の運営に戻ったということで、ショートステイの日程が決まり、施設からの迎えの車に乗った母を、手を振って見送った。

 大阪での写真展の会期も迫り、お尻に火がついていた。母のベッドの布団を整え、シーツ類を洗う。混沌とした部屋の荷物を整理し、使っていないものを捨て、掃除した。

 リビングでの母の居場所であるダイニングテーブルの上も母の目の届く場所に置いてあるお茶やお菓子などを一掃。テーブル上を久しぶりにすっきりさせた。

 こうして母のいない自分空間バージョンにインテリアを整えひと一息つくと、急に眠気が襲ってきて倒れ込むようにベッドに横になり眠ってしまった。気がつくともう昼下がりだった。

 母との暮らしに慣れたと思っていたが、知らず知らずのうちに自分のペースとは違う暮らしに追い込まれていたのかもしれなかった。

 そのモードを一転させた途端、強制終了がかかったパソコンのように脳と身体がオフになったのだった。

 時折、機会を見つけてはシーカヤックで海に出るようにもしている。その時には海に身を任せ、陸地モードをオフにしているが、家に母が待っているということは、今や保護者でもある自分の身の安全に注意しなくてはならない。

 「頑張りすぎないでね」

 そういう言葉を介護者にかけてくれる友人、知人は多い。でも、それが具体的にどんなことをすれば「頑張りすぎない」ことができるのか?そんな介護マニュアルなどはない。

 夜になり、ご褒美にエプソムソルトとハーブの精油を入れた芳香浴を準備し、一人ゆっくりと湯船に浸かった。

「虚脱…」「解脱…」。目の奥、脳の奥が緩んでゆく感覚を味わう。

 同じことが母がいてもできるはずなのだが、居ると居ないでは大違い。きっと子育てをしているお母さんもこんな感じなのだろうか?と想像する。

 しかし、大きな違いは当事者の「年齢」だ。子育て世代のお母さん30代と、介護世代60代の体力の違いは歴然。介護者が自分自身を労う時間を後回しにすべきでない、とつくづく感じる昨今だ。

 そして、気がつくと、母よりも自分が病院に行く頻度の方が高いというこの頃。母は更年期を過ぎてからは本当に健康な人で、今は認知症の漢方薬をかかりつけ医に時々もらいに行く程度。

 私も基本健康ではあるが、甲状腺の薬は常備だし、花粉症やら奥歯の抜歯やら、ドライアイやら…。老いに向かう過程で起きる細々とした身体の問題に直面している。

 90年以上生きている母を見ていると、「老い」ももはやこれ以上進行する部位もなくなり安定しているのかもしれない。

いざ、大阪へ

 写真展の準備も整い、大阪へ向かった。

 30代の頃からライフワークとしてきたオセアニア(太平洋の島々)の写真と、房総の海の写真を編集し、大学を卒業して間もなく初個展を開いた時に恩師からいただいたタイトル「海からの 便り」の第二弾とした。

 カメラと共にもう40年も旅をしてきた。

 時間の感覚は不思議だ。絶海の孤島イースター島のモアイ像を撮影していたワタシや、タヒチの発掘現場で汗を流しながら撮影していたワタシ。ハワイの火山の溶岩が流れ出る場所まで歩いて行ったワタシ。

 どれも前世の記憶のような気もするし、つい先日のことのようにも思う。

 人生を振り返るにはまだ早いかもしれないが、撮影現場に行くにあたり、たくさんの仕事仲間や現地の人に助けてもらってきたのだからありがたい。

 思い起こせば小さな島で緩やかな共同体暮らしの中の老人にも出会ってきた。

 タヒチでは、賢い老人は「遠くを見通せる目の持ち主」と呼ばれ敬われている。今の日本ではスマホがなくては埒が明かない時代。遠くを見通す知恵よりもググる時代。高齢者が増えてゆく一方で、社会サービス自体はデジタル化が進んでいる。

 そうなると老人が敬われる理由は一体何になるのだろうか?

 AI機種への対応を含め、これからの老人は新しい器具や手法への適応努力や、脳トレ、筋トレをし続けなくてはならないだろう。老境に至っている場合ではなさそうだ。

 AIと愛の力でなんとか乗り切ろう。

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写真・文/飯田裕子(いいだ・ゆうこ)

写真家・ハーバリスト。1960年東京生まれ、船橋育ち。現在は南房総を拠点に複数の地で暮らす。雑誌の取材などで、全国、世界各地を撮影して巡る。写真展「楽園創生」(京都ロンドクレアント)、「Bula Fiji」(フジフイルムフォトサロン)などを開催。近年は撮影と並行し、ハーバリストとしても活動中。HP:https://yukoiida.com/

Youtube:Yuko Iida 海からの便り 
https://youtu.be/U7NkRY5S0yg

写真展  「海からの便りII」はVRバーチャルリアリティーでご覧いただけます。
https://www.nodaemon.site/photo/iida/tour.html

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この記事へのみんなのコメント

  • さくら531

    私も1959年生まれで88歳の父をみています。去年末頃一度ダウンして口内炎や ヘルペスになりました。薬も飲んでおります。父の方が元気な様子です。 あれだけ鋭かった父が今は私の言うことを聞いている。自分の生を全うする 姿に感心しています。飯田さんもご自愛ください。

  • 山本章浩

    こうしたら良いか?、こうしたらどうだ、僕も考えました。でも僕の思い描く最良の道を母は選んでくれなかった。母は尊厳死を望んでいたので、、母は病院に入院し1ヶ月程度で亡くなりました。でも、いまでも病院から抜け出して家に帰って来た母が、死ぬ前にもう一度だけ僕の作るすき焼きが食べたい、、美味しい美味しい、あきちゃんが作るすき焼きが、、と。こんなに食べちゃった、こんなに食べちゃった。嬉しそうな顔?、自慢げかな?、たまにその時の母の顔を思い出します。

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