「高次脳機能障害になる前の本当の母を知りたい」ヤングケアラーが詠んだ俳句の意味
ヤングケアラーのたろべえさんは、幼いころから高次脳機能障害の母のケアを続けてきた。高校生のときに詠んだ俳句を引用しながら、お母さんへの想いを綴ってくれた。子どもが親のケアを担わなければならず、本来の親子の関係が逆転しているともいえる。そんなヤングケアラーの心情に耳を傾けてみたい。
母のことを詠んだ俳句がお茶の俳句大賞に入選
「おぼろ月 静かに差し込む 母の影」
この俳句は、私が高校生の時に詠んだものだ。
冬休みの課題として提出したものだが、のちに「第26回 伊藤園お~いお茶新俳句大賞」で佳作特別賞を受賞した。
応募の際に俳句の説明を書いたが、そこには「おぼろ月は春の季語。4月に親元を離れた新社会人が忙しく仕事をする中で、ふと夜に空を見上げるとおぼろ月が目に入り、故郷の母も同じ月を見ているのだろうかと思いを馳せた」といったようなことを書いた気がする。
しかし、本当は母のことを思いながらこの句を詠んだ。本当のことを書くのはなんだか恥ずかしかったので、それらしいことを書いて提出した。
高次脳機能障害の母との会話
高次脳機能障害のある母は、コミュニケーションが難しく、簡単な会話しか成り立たない。
例えば「今日はいい天気ですね」「そうですね」くらいならばなんとか成立するが、町内会の話や、病院の診察の予約などになると全く噛み合わない。
一応、聞いたことに答えを返してくるが、最近テレビか何かで聞いて頭に残っていることを答えてみたり、そうかと思えばどこから思いついたのかわからないような突飛なことを言い出したり、とにかく会話のキャッチボールにならない。
「そうでしょ?」と聞けば「そう」と答えて、「違うでしょ?」と聞けば「違う」と答える。
話すことに一貫性がなく、数分後にはまた違うことを言い出すので、何が本当のことだかわからない。
母が本心でそう言っているのか、障害によってパッとたまたまその時に思い出したことを言っているだけなのか、全く判断がつかない。
“私のお母さん”が“私のお母さん”としてそこに安定して存在せず、コロコロと形を変えてしまうような感じがして「いったい本当のお母さんはどこなの?」と思っていた。
霞が薄くなり母の姿が見える瞬間
母は高校時代に通学中の事故で高次脳機能障害者になった。
私は高次脳機能障害になる前の母を知らない。元々はどんな性格の人で、何が好きだったのか。私が学校であったことを話したら、どんな風に聞いて、どんなことを言ってくれたのか。
“障害は個性”という意見もあるし、そう思う部分もあるけれど、私にとって母の高次脳機能障害は私と母の間にかかり続けるおぼろ月の靄のように感じていた。靄の向こう側にいる母は、はっきりとは見えず、そこに居るのはわかるけれど、いつもぼんやりしていた。
しかし、本当にごく稀にだが、靄が薄くなって、向こう側にいる母の姿がいつもよりはっきりと見えることがある。
例えば、先日、大根をおろしていたら指まですりおろしそうになったので思わず「痛っ」と声を上げたところ、そばにいた母が「大丈夫?絆創膏貼る?」と声をかけてくれた。
そこまでの怪我をしたわけではないのだが、「痛い」という言葉を聞いて心配してくれたのは、きっと本当の”お母さん”としての気持ちだったと思う。
同じように、私が「寒い」と呟くと、母はすぐにストーブをつける。娘に痛い思いや寒い思いをさせないようにしようと思ってくれているようだ。
またある時、私がなんとなく「もっとキレイな顔にならないかなぁ」と言ったところ、母は「顔は変わるんだよ!」と返してきた。
どういうことなのか詳しく聞いてみると、
「いろんなことを一生懸命やってるうちに、顔つきが変わってくるんだよ」とのことだった。私の言いたかったこととは少し違ったが、母がそんなことを言うと思っていなかったので、とてもびっくりした。
でもきっと、母親として子どもに一生懸命に何かを頑張ってほしいという思いがあっての言葉だったのだろう。
そんな時に、おぼろ月の靄が少し晴れて、月の光が差し込み、本来の母の面影を映しだしているように感じる。
いつか、雲一つない空に浮かぶ大きな満月のような母の姿を見てみたい。
”障害をなくしたい”と思うのは望ましいことではないのかもしれない。それでも、私は”高次脳機能障害”のない、本当の母を知りたい。
母は本来、どんな人なのか。どんなことが好きなのか。私にどんな話をするのか。どんな風に私の話を聞いてくれるのか。
少しでも、本当の母の気持ちを知りたい。
これからもきっと、おぼろ月を見上げ続けるだろう。
靄が晴れる、その一瞬を見逃さないように。
ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
令和2年度の厚生労働省の調査※によると、中学校の46.6%、全日制高校の49.8%にヤングケアラーが「いる」ことが判明し、中学2年生の17人に1人がヤングケアラーだということが明らかになった。
また、厚労省による最新の調査によると、「家族の世話をしている」と回答した小学生は6.5%いるということもわかってきた。
※厚生労働省「ヤングケアラーの現状」https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
相談窓口
・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」
相談窓口の一覧を見られる。
児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」
0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
■法務省「子供の人権110番」
0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
文/たろべえ
1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。第57回「NHK障害福祉賞」でヤングケアラーについて綴った作文が優秀賞を受賞。
https://twitter.com/withkouzimam https://ameblo.jp/tarobee1515/