暮らし

ヤングケアラー時代に描いた絵の意味「気持ちを表現する方法があれば少しでも楽になる」

 高次脳機能障害の母と事故で左腕を失った父、家族3人で暮らす、元ヤングケアラーのたろべえさん。幼い頃から母のケアを続ける中で、たびたび「絵」を描いてきた。絵を描くことで抱えている葛藤や、自分の気持ちを整理することができたという。たろべえさんが中学時代、大学生時代に描いた絵を引用しながら、当時感じていたことについて教えてもらった。

中学時代に描いた自画像の意味

 中学生の時に美術の授業で自画像を描いた。真ん中に立っているのが私だ。勉強が好きで大学生に憧れていたので、角帽を被り、ガウンを着ている。

 しかし、運動部での部活も頑張りたいという気持ちがあったので、ガウンの下は体操服を着ている。膝丈の靴下を履いているが、私の通っていた中学校では短い靴下を履いてはいけないという校則があり、生徒会に所属していた私は生真面目に校則を守っていた。

 本やテストの答案用紙をたくさん抱えているのは、勉強が得意なことだけが自慢で、手放したくないという気持ちを表しているが、100点満点の答案用紙を踏みつけているのは、勉強しかできない頭でっかちな自分が嫌いで、否定したいという気持ちを表している。

 向かって右側の黒い三角形の中には、お城、王冠、お金など富や名誉に関する絵が描かれている。当時の私は何でも1番になりたくて、そのための努力は惜しみたくないと考えていた。勉強、部活、生徒会、塾の他にも、作文や絵をコンクールに応募したり、英語の弁論大会に出場したりと、自分で自分を忙しく追い込んでいた。

 反対側の白い三角形の中には、好きな物を描いている。大きな蝶やドラゴンは、ファンタジーが好きで、架空の動物について妄想していたことを表している。プリンやアイスの絵は、ダイエットをしていてあまり食べないようにしていたけれど、本当は甘い物が好きだったので描いた。

「勉強や部活を頑張りたい」気持ちと母のケアの板挟み

 イラスト全体を通して、当時の私は、「努力して立派な人間にならなければ」という思いと、「もっと好きなことをしたい」という思いの間で板挟みになっていたことを表現しているが、実際には「勉強や部活をもっと頑張りたい」という思いと、「もっと家事や母のケアをしなくては」という思いの間でも板挟みになっていた。

 私は学校にいる間、休み時間や集会が始まるまでの時間なども、ずっと勉強していた。その様子を見ていた担任から、

「ずっと勉強ばかりしていないで周りを見なさい。協調性がない」と言われた。

 その通りだと思うが、当時の私は「家に帰ったらお母さんが何かしらやらかしている可能性があって、自分の勉強だけに集中できる訳じゃないから、学校で勉強したいのに」「家に帰って十分に勉強できる受験生に比べたら勉強時間が足りなくて不安なのに」と不服だった。

 また、勉強に集中して周りの同級生を見ないようにすることで、他人と比べないようにしていたようにも思う。

 一方で、家に帰るとまともな生活ができていないことは、かなりコンプレックスだった。

母はアルコール依存症も抱えていた

 家はいつも汚かった。母が掃除をしてもしても汚してしまうので、いつしか掃除をするのを諦めたからだ。恥ずかしくて友達を家に呼ぶことなんて絶対にできなかった。

 当時の母はアルコール依存症も抱えていて、夕方、私が家に帰るとすでに酔っ払っていることも多かった。元々片麻痺があって安定して歩けていなかったが、さらにフラフラしているので転ぶこともしょっちゅうだった。

「(お酒)のんれないよ!」「うるへぇな!」と抵抗する母をなんとかなだめて寝室に連れて行き、めちゃくちゃになった台所を片付けた。母が酔っ払いながら作った夕食は肉が生焼けだったり、油に浸かっていたりしてとても食べられる状態ではなかった。作り直したり、食べられそうな部分だけ抜き取ったりして食べていた。

 子どもながらに、母がアルコール依存症になってしまったことには何か理由があるのではないかと思っていた。青春を過ごしていた高校時代に事故に遭い、急に体も頭も思うように動かなくなり、友達もいない知らない土地に嫁いできて、寂しかったのかもしれない。もっと母と関わったり、母がよくお酒を飲んでしまう夕方に一緒に過ごしたりしたほうがよかったのではないかと思う。

「すまし顔で、普通に生きていたかった」

 できることなら家事ももっと頑張りたかった。快適な環境で生活したかったし、何より父に大変な思いをさせたくなかった。

「今、勉強を頑張るのと、家事を頑張るのと、どっちのほうがいいんだろう」とよく考えていた。

 私が勉強を頑張れば父がその分家事をしなくてはならないし、私が家事をすれば、せっかく父が塾に通わせてくれているのに勉強が疎かになってしまうかもしれないと思っていた。

 何でも器用にできればいいのにと思っていた。両親に障害があっても「そんなのなんとも思っていません」とすまし顔で生きていたかった。

 家事を頑張ると「両親の代わりに家事をしてかわいそう」と思われそうで嫌だったし、勉強を頑張ると「家が汚くてかわいそう」と思われそうで嫌だった。両親に障害があろうと「普通」に生きたかったし、むしろそれ以上に「立派」な人間になりたかった。

大学時代の絵「どこにも居場所がない」

 大学時代に描いた絵について考えてみたい。駅で電車を待っている時、突然「 結局、勉強もケアもどちらも中途半端な私は灰色の人間。白の世界にも黒の世界にも居場所はない」と感じて、家に帰ってすぐに描いた絵だ。

 ケアをしていると大体のことは自分の思い通りにいかない。私の意志は関係なく母を中心に世界が回る。それを否定しようものなら「そんなことを言ったらお母さんがかわいそう」「障害のあるお母さんが1番頑張っているのに」と言われてしまうこともある。

 私がやりたいと思うことや、私が感じることは、すべて間違いのような気がしていた。

 私は存在そのものが間違っていて、自分のことを世界に存在してはいけないバグのように思っていた。

 子どもの頃の私には、考えていることを言葉にできないこともたくさんあった。そんな時、絵を描くと、自分が何を言いたいのか少しだけわかる気がした。

 ヤングケアラーは日々の生活を成り立たせるために、自分の気持ちをうまく表現できずに自分の中に押しとどめてしまうことも多いと思う。

 現在ヤングケアラーの皆さんも、文章でも、絵でも、音楽でも、どんな形でもよいので、自分の気持ちを表現する方法を見つけておくと、自分だけで抱えきれなくなった時に、少し楽になれるのではと思う。

ヤングケアラーとは

 日本ケアラー連盟による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。

 令和2年度の厚生労働省の調査※によると、中学校の46.6%、全日制高校の49.8%にヤングケアラーが「いる」ことが判明し、中学2年生の17人に1人がヤングケアラーだということが明らかになった。

 また、厚労省による最新の調査によると、「家族の世話をしている」と回答した小学生は6.5%いるということもわかってきた。

※厚生労働省「ヤングケアラーの現状」https://www.mhlw.go.jp/young-carer/

相談窓口

・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」

相談窓口の一覧を見られる。

児童相談所の無料電話:0120-189-783

https://www.mhlw.go.jp/young-carer/

■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」

0120-0-78310

https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm

■法務省「子供の人権110番」

0120-007-110

https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html

文/たろべえ

たろべえさんの顔写真

1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。母は高校通学中に交通事故に遭い、片麻痺・高次脳機能障害が残ったため、幼少期から母のケアを続けてきた。父は仕事中の事故で左腕を失い、現在は車いすを使わずに立ってプレーをする日本障がい者立位テニス協会https://www.jastatennis.com/に所属し、テニスを楽しんでいる。現在は社会人として働きながら、ケアラーとしての体験をもとに情報を発信し続けている。『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)の3章に執筆。
https://twitter.com/withkouzimam  https://ameblo.jp/tarobee1515/

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