ものまね番組「ご本人登場」が誕生した瞬間とは?懐かしい映像を振り返る幸せ『私のバカせまい史SP』
9月29日放送の『私のバカせまい史SP』(フジテレビ系)の懐かしい映像のオンパレードが話題に。テレビ局の膨大なアーカイブ映像を使った番組が好評のようです。古い映像を新しい切り口で見せる番組づくりの可能性に注目するテレビっ子ライター・井上マサキさんが番組を振り返ります。
「ご本人登場史」徹底研究!
視聴率30%を越える人気番組だった『オールスターものまね王座決定戦』。コロッケ、清水アキラ、栗田貫一、ビジーフォーの「ものまね四天王」に、テレビの前で釘付けになっていた人も多いのではないだろうか。
そのものまね番組に欠かせないサプライズと言えば「ご本人登場」だろう。ものまねで1曲歌い終わったと思ったら、そのまま演奏が止まらず、動揺するものまね芸人の後ろから、ご本人が2番を歌いながらやってくるアレ。今ではすっかりお馴染みの演出だけど、あのご本人登場ドッキリはいつ始まり、最初に仕掛けられたのは誰だったのか……?
その疑問に答えたのが、9月29日放送の『私のバカせまい史SP』(フジテレビ系)だった。今まで誰も調べたことがない、せま~い歴史=「バカせまい史」を徹底的に調べ上げ、その研究成果を芸人たちがプレゼンする番組である。
そこで霜降り明星せいやがプレゼンした「ものまね番組『ご本人登場史』」は、32年間にわたる「ご本人登場」の歴史を当時の映像を交えながら振り返るものだった。
そして冬の時代へ
記念すべき最初の「ご本人登場」は1989年、登場したご本人は美川憲一だった。ものまねをしているのは、もちろんコロッケ。
片眉を上げて「さそり座の女」を歌いあげたコロッケは、後ろからゆっくり登場した美川憲一には気づかず、最初は「なんでレコードかかってるんだろ」と思ったそう。突然の「ご本人登場」に慌てるコロッケと、登場するはずがない美川憲一に、共演者たちは拍手喝采。この世に「ご本人登場」が誕生した瞬間である。そりゃぁ盛り上がるだろう。
こうして「ご本人登場」は、ものまね番組に欠かせない演出になっていく。なっていくのだけど……盛り上がりすぎて行くところまで行ってしまうのだ。
1995年には、シンディ・ローパーがご本人として登場。1997年には出場38組中27組にご本人が登場するまでになり、新聞のラテ欄も「ご本人が続々登場!」と自分から言い出す始末。遂には出演者たちが「来なかった~」とご本人登場を期待するようになってしまう。90年代後半、「ご本人登場バブル」の崩壊である。
ここからはマンネリとの戦いだ。歌う前にご本人に電話をつなぎ、スタジオにはいないと思わせる。長嶋茂雄がご本人登場すると見せかけて、プリティ長嶋が登場する。引田天功のものまねの最中、イリュージョンで引田天功ご本人が登場する……。あの手この手で興味を引こうとするが、一度弾けたバブルは戻らない。徐々にご本人登場の回数は減っていき、2020年には遂に0組に!
「ご本人登場 冬の時代」を迎えた今、必要なものはなにか。霜降り明星せいやは「魂のものまね」だという。そこにサプライズで登場したのが、ご本人登場され回数25回を誇る“ミスターご本人登場”こと清水アキラだった。水着姿で橋幸夫「恋のメキシカン・ロック」を歌い踊る、あの伝説のものまねが生披露され、スタジオは大いに沸き上がる。
だが、1コーラスが終わっても曲が止まらない。「まさか!?」という空気のなか、ゆっくりと後方から現れた橋幸夫ご本人に、清水アキラは膝から崩れ落ちる。24年ぶりの「ご本人登場」は全員が笑顔で、多幸感に包まれていた。この火を消すのは、やっぱりもったいない。
柴田理恵「号泣史」
『私のバカせまい史』では、「ご本人登場」以外にも他にも“せま~い歴史”を掘り下げていた。なかでも異色だったのが、バカリズムがプレゼンした「柴田理恵 号泣史」。数々の番組で涙を流してきた柴田理恵を“芸能界のウォーターフロント”と名付け、その歴史をたどる。
初めて柴田理恵がテレビで涙を見せたのは1997年、当時38歳のとき。以降、涙を量産し続け、2008年には年間20回(フジテレビのみ)を越えるピークを迎える。このころは『エチカの鏡』『ザ・ベストハウス123』など泣きやすい番組が多かったため……と、年間の泣き回数グラフから大真面目に解説するバカリズムがずっとおかしい。
さらにアーカイブ映像から、柴田理恵の泣き方を4段階に分類する。「小泣き(40%)」「中泣き(41%)」「大泣き(11%)」「満点大泣き(8%)」という数字から、やはり「ここぞ」というときの大泣きと分析。
その後も「泣くテーマトップ3は困難な境遇、家族、病気」「満点大泣きはVTRおりのワンショットで」「漢字検定2級合格で泣いたことも」と、たびたび悪意ある目線でプレゼンは進む。でも、データとアーカイブ映像を巧みに交えて伝えてくれるので、なんだか本当に生物の生態を研究した発表に見えてくるのだった。
最後は、柴田理恵が各テレビ局で流した涙の総量は約2リットルと推定。それを見てもらい泣きした全国民の涙を合わせると、約20キロリットルになる。もはや梅雨。「守ろう!柴田さんの涙!」という決意をもって、バカリズムのプレゼンは終わった。
アーカイブ映像の活用を!
他にも、「フジテレビクイズ番組『第1問』史」「お笑い芸人の『あるあるネタパッケージ』発明史」と、フジテレビのアーカイブをフル活用した『私のバカせまい史』。懐かしい映像もたくさん出てきて、テレビっ子にはご褒美のような時間だった。
最近、こうしたアーカイブを活用した番組が各局で作られているのが嬉しい。たとえばTVerでのみ配信されている『神回だけ見せます!』は、日本テレビのアーカイブセンターから発掘した「神回」を鑑賞する番組。伊集院光&佐久間宣行がナビゲートし、出川哲朗が出演した『アナザースカイ』などを、演者と作り手の立場から「いかに神回か」を熱く語る。
また、9月21日に放送された『ニュースそこだけファイル』(TBS系列)は、TBS報道ライブラリーのニュース映像を特定のテーマに沿って発掘。「思わずツッコミたくなる昭和のファンタジーな商品」といった懐かしいものから、「警察vs暴力団 バッチバチの攻防」といった衝撃映像まで見応えたっぷりだった。
テレビ局にはまだまだ膨大なアーカイブ映像が眠っている。そのまま再放送してほしいものもあるけど、『バカせまい史』のように新しい切り口で見せてくれるのも面白い。なにより、あのころのテレビの映像がたくさん見られるだけでもうありがたい……! 他のテレビ局の皆さまも、アーカイブの活用をご検討いただけますと幸いです。
文/井上マサキ(いのうえ・まさき)
1975年 宮城県石巻市生まれ。神奈川県在住。二児の父。大学卒業後、大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務。ブログ執筆などを経て、2015年よりフリーランスのライターに。企業広報やWebメディアなどで執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。