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プーチンの不都合すぎる真実が暴かれる『イカロス』に戦慄「スポーツは誰のものか」を考える作品3選

 北京五輪での記憶も新しいドーピング問題、コロナ禍の深刻な影響、ウクライナ侵攻による「ロシア選手出場の是非問題」など、しばしば暗雲の立ち込めるスポーツの現場。焦点のぼやけていく真の「アスリートファースト」を考えるために、『報道ステーション』(テレビ朝日系)スポーツコーナーなど、テレビやラジオのスポーツ番組の構成作家としても活躍するスポーツライターのオグマナオトさんが、今観るべき作品を3作を紹介します。

『イカロス』:ドーピングは誰のために?

 東京五輪でもたびたび問題になった「アスリートファースト」とは名ばかりの諸問題。さらにはコロナ禍によるファン離れと経営悪化、常軌を逸するほどの放映権と選手年俸の高騰……スポーツを取り巻く環境はここ数年、どんどん厳しさが増している。

 また、ウクライナ問題に端を発する「ロシア選手出場の是非問題」は、北京五輪に続き、テニスのウインブルドンでも起きようとしている。ロシアを巡っては、リオ五輪以降、ドーピング問題でもスポーツ界が大きく揺れ、議論が絶えない。

 そんな今こそ注目しておきたいのが映画『イカロス』。第90回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞も受賞した作品だ。

 イカロスといえば、ギリシャ神話で父・ダイダロスが作った人工の翼をつけて飛び立ち、迷宮を脱出しようとして失敗した青年イカロスを思い起こす。本作における、そして今のスポーツ界における「イカロスの翼」といえばドーピングが当てはまる。本作ではこのドーピング問題追求のため、ロシアの反ドーピング機関所長に密着。ロシア政府やプーチン大統領にとって不都合すぎる真実が赤裸々に告白される過程を描いていく。

 この作品のライブ感の妙は、ドーピングの闇が制作者たちの想像以上に深く、結果として途中で主人公が変わってしまうこと。作品冒頭では、自転車選手でもある本作監督が、実際にドーピングを使用することでどれだけパフォーマンスが上がるのか、自分の体を実験台に検証。その取材過程で知り合ったのがロシアの反ドーピング機関所長グリゴリー・ロドチェンコフだった。

 するとこの実験途中、2014年ソチ五輪でロシアによる国家ぐるみのドーピング・プログラムが実施されたことをドイツの公共放送がスクープ。その報道で重要人物とされたのがロドチェンコフだったことから事態は急展開。政府から命を狙われると感じた所長は、ドキュメンタリースタッフの助けを借りてアメリカへ亡命。生死を賭け、国家ぐるみのドーピング・プログラムの裏側を明かしていく。

 この作品のなかで、プーチン大統領のこんな言葉が紹介される。

「ソチでは最高の成績を見せつけろ、我々の力を見せつけろ」

 この言葉通り、そして、ドーピングによる影響もあってか、ソチ大会で地元ロシア勢は空前のメダルラッシュ。この大会をきっかけに政権支持率があがったことがウクライナ紛争(2014年)の引き金になった、という考え方も提示される。まさに、スポーツが政争の具として利用されたのだ。

 ギリシャ神話におけるイカロスは「あまり高く飛んではいけない」という父の戒めを忘れてどこまでも高く飛び続け、太陽の熱によって翼の糊が剥がれて落下し、命を落とす。スポーツを利用しようとする人は、どこまで高く飛べば事態の深刻さに気づくのか、そんなことまで考えさせられる問題作だ。

『イカロス』
監督:ブライアン・フォーゲル 出演:ブライアン・フォーゲル、グリゴリー・ロドチェンコフ 他

『ホームゲーム:世界一周スポーツの旅』:スポーツを知ることは文化を知ること

『イカロス』を見て、そして現実世界で各競技やアスリートが困窮する状況を知れば知るほど感じてしまうのは、「スポーツは誰のものか」ということだ。選手もファンも手の届かないところで、スポーツがまさに利用されている現状に直面する。

 それでもまだスポーツの可能性を信じたい……という人は多いはず。そんな希望を見出したいときにオススメの作品が『ホームゲーム:世界一周スポーツの旅』。世界中に存在するユニークで危険な伝統スポーツを守り育ててきた人々と、それを取り巻く文化を紹介するドキュメンタリーだ。

 ラグビーと格闘技が混ざったような「カルチョストリコ」(イタリア)。丸太を投げる「ハイランドゲームズ」(スコットランド)。どこまでも深く深く潜る「フリーダイビング」(フィリピン)、女性のスポーツとして発展した「ローラーダービー」(アメリカ)などなど。ラインナップの競技名、国名を見るだけで、スポーツが本来持つ多様性を感じることができる。

 多くの伝統スポーツは、地元の祭りや風習が起源であり、その文化を守って今も続いているものばかり。結果、出てくる選手に「プロ」は存在せず、すべてが「アマチュア」、市井の人なのだ。彼らの多くはその競技に人生の多くの時間を捧げ、自分自身の人生の糧としている。

 なぜ、彼らはその競技に打ち込むのか? そんな問いに対し、「つぎ込んだ努力以上に得るものがある」と語る丸太投げ選手、「無報酬でも愛があるからできる」と語るローラースケーターなど、胸を打つものばかりだ。

 まずは第1話、「カルチョストリコ」だけでも見てほしい。イタリア・フィレンツエで1527年から500年も続くこのスポーツは、あまりにも過激すぎるため試合は年に一度。2勝すれば優勝で、そのたった2試合のために、鍛え上げた筋肉の鎧で体をまとって勝利を目指す。そこにあるのは地域の誇りと、自分自身の存在証明だ。

 どのスポーツも、その国・土地の歴史に根ざしている。スポーツを知ることは文化を知ること、と改めて気付かされる。

『42 〜世界を変えた男〜』:相互理解を深める過程こそドラマ

「スポーツは誰のものか」という命題は、スポーツ界が長年にわたって向き合ってきた問題でもある。その競技が発展する過程では、ルールを作る支配者層と、それに従うほかなかった労働者階級、といった対立構造が発生するケースが多い。

 そして、その大きな壁にぶつかりながらも相互理解を深めていった過程にドラマが生まれる。野球界でいえば、黒人初のメジャーリーガーになった永遠の背番号42、ジャッキー・ロビンソンが代表例だ。

 そんな彼の野球人生を描いた映画が『42 〜世界を変えた男〜』。メジャーリーグにとって特別な背番号をそのままタイトルにした作品だ。「ベーブ・ルースは野球を変えた。ジャッキー・ロビンソンはアメリカを変えた」とまで言わしめたレジェンドがどんな決死の覚悟で白人野球界に挑み、それがアメリカ社会のロールモデルとなったのか。大谷翔平の活躍とともに、改めて見直しておきたい不朽の名作であるのは間違いない。

 こうした、スポーツが成熟する過程における対立構造をドラマ化したものとしては、サッカーの成り立ちを描いた『ザ・イングリッシュ・ゲーム』(Netflix)など名作は多い。サッカーW杯が控える今年、世界を沸かせるビッグイベントの原点にどんなドラマがあったのかを知っておくと、大会の味わい方もまた違ってくるはずだ。

文/オグマナオト

オグマナオト

 

1977年生まれ、福島県出身。雑誌『週プレ』『野球太郎』『昭和40年男』などにスポーツネタ、野球コラム、人物インタビューを寄稿。また、『報道ステーション・スポーツコーナー』をはじめ、テレビ・ラジオ・YouTubeのスポーツ番組で構成作家を務める。最近刊は『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』(ごま書房新社)(20225月)。

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