日本人は女性の方が早くボケる 東大医学部衝撃の最新研究
そういえば有名人夫婦を見ていても、南田洋子さんや朝丘雪路さん、大山のぶ代さんなど、「夫が認知症の妻を介護する」というケースが多い印象なのは、偶然ではなかったようだ。衝撃の最新研究によって、女性の認知症への向き合い方は、見直しを迫られそうだ―─
日本人女性の平均寿命は約87才で、男性より5才以上も長い。それは「女性の方が体が丈夫だから」と説明される。それならば「脳」もきっと女性の方が元気で、ボケるのも遅いはずだ―─そんな常識を覆す驚きの研究結果がこの7月、米科学誌に発表された。
腎機能が低下している女性の方が認知症に進みやすい
研究チームの1人、東京大学医学部附属病院の神経内科講師で、医師の岩田淳さんが話す。
「端的に言ってしまえば、認知症は60年、70年、80年という長い人生の積み重ねとして出てくるものです。だから“何が原因か”は、なかなかピンポイントで判別しにくい。ただ、医師として患者さんを診てきた経験上、認知症患者は女性の方が多く、また『軽度認知障害』と呼ばれる状態から認知症への進行も早い、という肌感覚はありました。今回の研究では、それがデータによって裏付けられた形です」
岩田さんらの研究チームは、全国の38医療機関で診察を受け、「軽度認知障害(MCI)」と判定された234人の男女(平均年齢72才)について、最長3年にわたり追跡調査を行い、悪化の原因などを分析した。
その結果、3年間のうちに「認知症」のレベルまで症状が進行した女性は60%である一方、男性は44%しかいなかった。つまり、「女性の方が男性よりもボケやすい」という傾向があることを発見したのだ。
「同じ手法の研究は、北米ですでに行われています。そこでも、やはり女性の方が認知機能の悪化が早いという結果が得られています。しかし、今回の研究では新たに、腎機能が低下している女性ほど認知症に進みやすいことがわかりました。北米の研究では得られなかった結果なので、それは日本人の女性に特有の現象であると考えられます」(岩田さん)
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原因解明のカギをにぎる「MCI」
なぜ日本人女性だけが腎機能の低下によって認知症になるスピードが早くなるのか―─その謎を解く前に、ここで少し補足の説明が必要だろう。近年、認知症の研究者の間でその解明に力が入れられているMCIについてだ。
MCIはよく「認知症の前段階」と呼ばれる。
記憶力や注意力などの認知機能は低下していても、日常生活には支障がない“認知症と正常の中間”を指す概念で、1996年にアメリカの神経学の研究者が提唱した。
「さまざまな認知症の薬が開発されていますが、残念ながら、認知症を治す決定的な薬はなく、現在の医療では、“症状の悪化を遅らせること”しかできません。社会の高齢化が進むなかで、もし“認知症の一歩手前”で食い止めることができれば、認知症予防ができないかという期待から、MCIが注目されています」(医療ジャーナリスト)
厚労省によると、2012年の時点で、認知症を患う65才以上の高齢者の数は約462万人。さらにMCIを持つ高齢者は約400万人いるとされる。
岩田さんが説明する。
「認知症の定義は『1人で生活することが難しい状態』です。対して、MCIをざっくりと言えば、『もの忘れがあっても、1人でなんとか生活を送れている状態』です。MCIのうち、半分の人は1人で生活できない状態に症状が進行して認知症になり、もう半分の人はそのまま暮らせるという考え方です」
人は生活を送る上でさまざまな動作を行う。食事や入浴、トイレ、着替えといった最低限必要な動作は「基本的ADL」と呼ばれる。一方、家事や買い物、金銭管理などの少し複雑な動作は「手段的ADL」と呼ばれる。
「認知症は、その両方ともの動作が障害される状態です。家事や買い物だけでなく、トイレなど自分の身の回りのこともできなくなります。MCIは、基本的ADLは問題なくできるものの、記憶障害が出ることで、手段的ADLにわずかな影響が出る状態といえるでしょう」(岩田さん)
毛細血管が詰まる“隠れ脳梗塞”が引き起こす!?
今回の研究で明らかになったのは、「MCIの女性は、MCIの男性よりも、認知症に早く進行しやすい」というものだった。
その理由を、岩田さんら研究グループはこう推察しているという。
「繰り返しになりますが、腎機能が低下している人ほど、認知症に進むスピードが速いことがわかりました。腎機能の低下は、糖尿病や高血圧、肥満といった生活習慣病によって引き起こされることがわかっています。その生活習慣病は『動脈硬化』の原因にもなります。つまり、動脈硬化が起こりやすい女性の方が、認知症になりやすいと考えています」(岩田さん)
なぜ動脈硬化は認知症の原因になるのか。岩田さんが続ける。
「動脈硬化といっても、脳梗塞を起こすような太い血管が詰まることではありません。顕微鏡でしか見えないぐらいのミクロン単位の毛細血管が詰まる、ほとんど何の影響もないような動脈硬化を指します。ただし、細い血管でも1万、2万という単位で詰まってしまうと、“隠れ脳梗塞”のような状態になり、脳内の神経細胞から電気信号を伝えるために伸びている『軸索』に栄養や酸素が行き届かなくなります。それで軸索の働きが悪くなって、電気信号が伝わりにくくなり、神経細胞も弱っていき、結果的に認知機能が低下するのではないかとにらんでいます」
もう1つ、今回の研究が示唆したのは、「動脈硬化が認知症への進行スピードを速めるのは、日本人に特有である」ということだった。
「その理由は、まだ推測の域を出ませんが、『体の大きさ』にあると考えられます。血管は常に血液の圧力、すなわち血圧に耐えています。しかし、血圧の標準値は男女とも同じです。であれば、体が小さく、血管の構造が小さい女性の方が男性よりもミクロン単位の毛細血管での『動脈硬化』のダメージが大きくなるのではないか、というわけです。
北米の女性は、日本人男性並みに体格が大きいので、血管構造の小ささが問題にならなかったのではないかと推測しています」(岩田さん)
なお、今回の研究では、男性に限ってだが、「16年以上の教育(大学卒業以上)」を受けた人は、認知症の進行が遅いことが発見された。教育年数が長いことで、男性の脳には、多少脳が障害されても症状を出さずにいられる「認知予備能」が培われた可能性が高いとされる。
MCIから正常に戻る「リバーター」になるために
MCIの日本人女性に認知症のリスクが大きいとはいえ、悲観する必要はない。
前述したように、現代の医療では認知症になったらもう後戻りはできないが、MCIの段階で早期に発見し、対策を打てば認知症にならずに済む可能性があるからだ。
それどころか、MCIから正常のレベルまで回復する人も少なくない。そんな事例のことを、専門家は「リバーター」と呼ぶ。
国立長寿医療研究センターが2011年から4年間にわたってMCIの4200人を追跡調査したところ、14%の人が認知症に進んだものの、なんと46%が正常の認知機能を回復したという。
「MCIになっても、元に戻れる『リバーター』は、海外の研究でも報告されていて、研究によって十数%から50%弱とばらつきがありますが、平均でも20%強は戻れます。
昨年発表された国立長寿医療研究センターの調査でリバーターの率が46%と高かったのは、調査地域の大阪では高齢者への認知症の啓発が熱心であること、最初の検査でMCIと診断されたので生活習慣を改善した人が多かったことなどが考えられます。
とにかく、MCIの時点でしっかりと手を打てば、リバーターになる可能性があるということです」(前出・医療ジャーナリスト)
今回の東大医学部グループの研究でわかったことは、「日本人女性は、生活習慣病による動脈硬化で、認知機能が落ちやすい」ということだった。岩田さんが続ける。
「血管が脆弱だと考えられる女性は特に、動脈硬化を防ぐために、高血圧や高血糖などの生活習慣病を予防したり、治療したりすることが、MCIから認知症に進行させないために効果的ではないかと考えられます」
認知症予防に効果があるのは「有酸素運動」
特に糖尿病は、認知機能を低下させる“主犯”とみられている。大規模な追跡調査で知られる福岡県久山町の研究でも、糖尿病を持つ人に認知症が多く発生していることが明らかになっている。
世界各国の研究で、認知症予防に最も効果があると認められているのがジョギングやウオーキングなどの「有酸素運動」だ。
「有酸素運動によって脳の血流を活性化させることで、神経細胞や血管の新生につながり、認知機能を高めるとされます。ウオーキングならば2日に1回、30分程度を行うことで、認知症のリスクが3分の1に減少したという研究も報告されています。最近は、筋トレやストレッチも予防にいいという研究も出てきています」(前出・医療ジャーナリスト)
どうせ歩くなら“チョイ足し”すると効果は倍増する。歩きながら計算したり、しりとりをしたり、歌を歌ったりするなど、運動しながら頭を使う「デュアルタスク」をすることで、脳の前頭前野が活性化し、その効果は脳内全体に波及するという。
運動に次いで効果的とされるのが、「認知トレーニング」と呼ばれる認知機能を高めるプログラムだ。さまざまな種類があるが、たとえば国立長寿医療研究センターでは「コグニサイズ」と題し、ステップを踏みながら数を数え、3の倍数のときに手をたたく「コグニステップ」など、体と脳とに同時に負担をかける運動を奨励している。
大げさなことをする必要はないともいえる。好奇心が強く、いろいろなことに関心を持つ性格の人はMCIから回復しているケースが多いというから、知らない人と積極的に話をしたり、初めての街に降り立って散歩してみるだけでも脳は刺激されるのだ。
ピンピンコロリを実践するために、まずは見知らぬ街のウオーキングから始めましょうか。
※女性セブン2018年9月20日号
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