兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第137回 認知症への理解深まる】
若年性認知症を患う兄と2人暮らしをするツガエマナミコさんが、日々のあれこれをつづる連載エッセイ。ツガエさんの職業は、本や雑誌の記事を取材、執筆することです。今回は、先日、ツガエさんが仕事で出会った人の話から、認知症について「なるほど」と理解を深めることがあったというお話です。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
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高次機能障害と認知症の違い
デイケアでは毎月リハビリテーション計画書が作られて、下のほうに一応兄本人のサインがございます。数か月前のものには、名前らしき漢字を書こうと奮闘していた形跡がありましたが、だんだんスタッフの方も字を書かせるのを諦めたようで今月のサインは「○」でございました。通い始めて9か月。認知症はひたひたと進行しております。
病院でも、会計で本人確認のため名前と生年月日を言う場面がございますが、最近は誤魔化すようなモゴモゴした小声で、だいぶ記憶が消えかけていると感じております。
洋服もひとつひとつ広げて服の形と袖口がわかるように渡してあげないと着方がわからないようになりました。フード付きのパーカーは袖とフードの区別ができず、何度もフード部分に腕を通そうとしてしまいます。それでもわたくしが知らん顔をしていると着るのを諦めて丸めます。仕方がないのでわたくしが背中のほうへまわってパーカーを広げ、高級ホテルやレストランでやってくださるように棒立ちの兄の腕に服のほうを通すように着せてさしあげました。「お、いいね」と発した兄の言葉に「ナニさまーーー!!」とキレそうになったツガエでございます。
そんな折、脳梗塞を患った方のお話を伺う機会がありまして、「なるほど」と日ごろのモヤモヤが腑に落ちたことがございました。
そのお方は、脳梗塞の後遺症として半身麻痺や高次機能障害、言語障害、失語症などがあるとのことでした。でもお話を聞いている限り、的を射た答えをされていて、そんな障害があるとは思えませんでした。今では本も読めるようになったそうでございます。でも退院してしばらくは、本を開くとのり弁のように文章が黒い塊に見え、街中の大きな文字も図形のようで何が書いてあるのかわからなかったとおっしゃいます。友人にメールを打ちたくても言葉が出てこず、人の話している言葉も聞こえているのに頭に入ってこなかったそう。
お話を伺いながら「認知症と同じだ」の文字がわたくしの脳を浮遊しておりました。
調べてみますと、確かに高次機能障害と認知症は重なる部分が多いものでした。物忘れや置き忘れ、同じことを繰り返し訊く、二つのことを同時にできない、人に指示されないと何もできないなど……まさに我が兄のことを説明しているようでございました。では何が違うのか探してみますと、進行性か否かにかかっておりました。
お話を伺った脳梗塞の方は、体の麻痺も記憶の障害も重いものでしたが、努力をされて確実に改善に向かっています。兄との差は歴然。進行性疾患の悲しさを改めて思い、認知症への理解をひとつ深めることができました。
まぁ、理解を深めたところでボケた兄はボケた兄ですので日ごろのうっぷんが消えることはございませんけれども……。
マンションの大規模修繕工事が意外と静かだと書いたのですが(第135回)、世の中はそれほど甘くございませんでした。
足場を組む際が一番うるさいのかと思いきや、そのあとが本番なのでございますね。まさに今「お隣との壁をぶち抜いているのか?」と思うほどのガガガガリガリ状態です。補助錠がまだ届かないので補助錠生活をご報告できませんけれども、最近YouTubeで知って心に残った雑学をひとつ。
「100分の1の確率で当たりが出るガチャポンを100回引いたとき、少なくとも1回は当たりが出る確率は63~64%」
100回引けば1回は当たるから100分の1の確率だと思いがちですけれど、100回引いて1回も当たらないケースも確かにあることは少し考えればわかります。でも100回引いても1回以上当たる確率が約6割しかないとは意外すぎます。こういう類のことをパラドックス(直感に反する)というそうです。しかもプロギャンブラーの間では常識のようでございます。確率論はほかにもいろいろあり、パラドックスの宝庫でございました。素人がギャンブルに手を出せば火傷するのは納得でございます。この先、海外でカジノに行こうと考えていらっしゃるお方はお気を付けあそばせ。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ