認知症が進行していく母に「優しくありたい」と願う息子の心の葛藤と5つの壁
岩手・盛岡に住む認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。コロナ禍で以前のように帰省ができなくなったせいか、母の認知症の進行が進んでしまったという。不安な5つの状況に対して、工藤さんが思うこととは…。
コロナ禍で認知症が進行!? 新たにぶつかった介護の5つの壁
「あれ、あんたの名前、なんだったかしらね?」
9年間の遠距離介護で、誰よりも顔を合わせてきたはずの息子の名前を、母は思い出せません。
新型コロナウイルスの影響で、月2回の帰省ができなくなり、1回の遠距離介護が終わったあとは、2か月のブランクが空いてしまう日々が、2年近く続いています。
その結果、母の認知症の症状が想像以上に加速していて、これまで経験したことのない新しい介護の壁にぶつかっている感覚です。
今どんな壁にぶつかっているのか――5つの不安な点を書いてみたいと思います。
1.息子の名前を思い出せない
母は認知症がある程度進行しても、息子の名前だけは忘れないという自信がありました。というのも、母以上に認知症が進行していた亡き祖母が、最期の瞬間まで孫のわたしの名前を覚えていたからです。
母は祖母より会っている回数も一緒に過ごした時間も多いから大丈夫だと思っていたのですが、最近急に息子の名前が出なくなってしまったのです。ただ、完全に忘れてしまったわけではなく、たまに名前が出てこない程度です。
母は祖母よりも10年近く若い段階で認知症を発症しているからか、その分進行も早く、人の名前が出てこなくなってしまったのかもしれません。
名前を呼ばれてホッとする日もあれば、呼ばれなくてがっかりする日もあります。それらが交互にやってくるので、母の認知症の進行とともに、わたしはこの現実をゆっくり少しずつ受け入れていくつもりです。
2.自分の名前を漢字で書けない
母が通院している「もの忘れ外来」で、母自身の名前を書く機会がありました。
手が不自由で震えがあるため、署名が必要なときはできるだけ母に書いてもらって、手と脳のリハビリをしてもらうのですが、「あれ、漢字が思い出せない」と言い出したのです。
わたしは「間違ってもいいから、書いてみて」と言って、母に書いてもらったところ、名字は崩した字でごまかし、名前は全く違う字で、読みも合っていなくて、唯一「へん」だけが合っていました。
前から自分の名前をたまに忘れることはありましたが、コロナ禍で名前を漢字で書けない回数が一気に増えたように思います。
3.人の名前がしょっちゅう入れ替わる
人の名前が入れ替わることが、かなり増えてきました。
例えば、母の妹と、自分の娘の名前が入れ替わるため、妹の話だと思って聞いていると、内容がおかしなことになり、途中で娘の話だと気づくことがあります。
他にも、孫と娘、夫と父親などを入れ替えて話すので、話が全く見えないこともよくあります。
また、息子や娘の名前を忘れるのに、なぜか何十年も会っていないお隣の美人姉妹の名前は、スッと出てくるのです。
これは母の幼少期と関連しているのではないかと思っています。母は9回も引っ越した経験があり、やたらとご近所の目を気にして生きてきました。その影響が認知症になった今も現れていて、自分の家族よりもご近所を気にするあまり、お隣の姉妹のことが記憶に定着していて、今でも名前が出てくるのではないかと考えています。
4.果物の名前が分からない
手のリハビリのため、母に果物をよくむいてもらいます。
先日、梨をむいてもらったのですが、母は「このリンゴ、おいしそうね」と言いながら、包丁で皮をむいていました。
まだ理解できるかなと思い、「梨でしょ?」と訂正すると、「そうね」と一旦は理解します。でも、しばらくすると「リンゴおいしいわね」と言います。
リンゴや梨、柿といった、似た形をした果物の違いが分からなくなっているようです。
5.ご飯を食べたか忘れる
母は頻繁に、ご飯を食べたことを忘れます。
「わたし、ご飯食べたかしらね」と穏やかに言うので、「さっき食べたばっかりだよ」とこちらも穏やかに返事をして、ケンカにはなりません。
母が怒って「ご飯、まだなの!」と言う人だったら、もっと大変な介護になっていたと思います。
間食を食べ過ぎてしまうと、夕食の量が減り、夜遅くにお腹が減ってご飯を食べてないと勘違いするようです。対策として、間食を制限して夕食の量を増やし、少しだけ頑張って量を食べてもらうよう声掛けをしています。
認知症の症状を受け入れる心の余裕が必要
認知症介護は、初見の症状に驚いてから受け入れるまで、ある程度の時間が必要だと思います。症状を受け入れられると、心の余裕が生まれて、上手に対応ができます。
しかし、コロナ禍においては受け入れるまでの時間が足りず、症状だけが加速していくので、なかなか心の余裕が生まれません。
「これはリンゴじゃない、梨でしょ!」と、つい語気を強めてしまうことがあり、自己嫌悪に陥る日々です。
これまでなかった新しい認知症介護の壁は、少しずつコロナ前の遠距離介護のペースに戻していく中で、乗り越えられると思っています。
自分自身に「優しく優しく」と言い聞かせながら、心の余裕を作っていきたいと思っています。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。