向井理主演『サマーレスキュー~天空の診療所~』は実話に基づくTBS医療ドラマの真骨頂
TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。今回取り上げる『サマーレスキュー~天空の診療所~』は、夏山の診療所に来た外科医(向井理)の過酷な状況下での医療奮闘記である。同じ日曜劇場『JIN―仁―』との共通点、キャスティングの秘密などを、ドラマを愛するライター・近藤正高が考察します。
『サマーレスキュー~天空の診療所~』はこんな話
来週の日曜、8月8日は祝日「山の日」である。本来は8月11日だが、今年は東京五輪の閉幕後に予想される都内の混雑緩和のため、閉会式の行われるこの日に移動された。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝すること」を趣旨として制定されたこの祝日が実施されたのは2016年と、今年で5年が経つ。
祝日のできる以前より、お盆休みに重なるこの時期には毎年、夏山に登る人たちで各地の山がにぎわう。山岳診療所を舞台としたドラマ『サマーレスキュー~天空の診療所~』が日曜劇場で放送されたのも、2012年の7月~9月と、まさに夏山シーズンだった(ちなみに放送期間中にはロンドン五輪が開催されている)。
ドラマの舞台となる「稜ヶ岳診療所」は、標高2514メートルに位置する山荘に隣接し、夏山シーズンの3か月間だけ開業している。30年前、山荘の主人である小山(笹野高史)が東京の明慶大学附属病院の花村教授と尽力してつくられた。物語は、その診療所にやって来た速水圭吾(向井理)という明慶大病院の若い心臓外科医が、悪天候のなか急患に対応するところから始まる。
速水がここへ来たのは、上司にあたる教授の沢口(松重豊)から、1週間だけでいいので診療所に行って感想を聞かせてくれと命じられたからだ。将来を嘱望される病院のエースである彼は、このときも大きな手術の準備をしていた。それが突然、手術から外れて山の診療所に行けと言われたので、渋々ながら診療所に向かう。途中、慣れない登山に疲れ果て、近くを通りかかった女性に水を分けてほしいと頼んだところ、「山をなめないでください」と一喝されてしまう。その女性こそ、山小屋の主人の一人娘・小山遥(尾野真千子)だった。彼女もまた東京の病院で看護師として勤務していたが、ある出来事がきっかけで仕事をやめて育った山小屋に戻っていた。
小山と後妻の雪乃(三浦理恵子)が切り盛りする山荘には、不動産会社の営業マンで夏のあいだだけ働いているという井上(山崎樹範)ら3人のアルバイトがおり、診療所には責任者である明慶大教授の倉木(時任三郎)のもと、看護師のあかり(小池栄子)が幼い娘の桃花(本田望結)を連れて、3人の医大生とともに詰めていた。みんな、普段は明るくすごしているものの、それぞれに深い事情を背負っていることが回を追うごとにあきらかになっていく。
速水は来て早々、診療所に担ぎ込まれた2人の患者をめぐり、ある大きな決断を迫られる。だが、結局決められず、下山していた倉木に遥が電話で判断をあおいだ。そもそも、診療所の設備は最小限にとどまり、満足のいく治療ができなくて速水は落胆する。それでも、遥に言われて患者の手を握ることで、医者が人間として患者と向き合うことの大切さに気づき始める。彼はこのあと、母の悦子(中田喜子)が危篤と知らされて一旦下山し、自らの執刀で手術をするが、助けられなかった。この経験もあり、医療の原点に立ち返るべく、今度は自ら決意して診療所に戻るのだった。
『JIN―仁―』とも共通する設定
最先端の医療技術を駆使しながら手術をこなしていた外科医が、いきなり満足な設備のないところに送り込まれ、一時は絶望しつつも、やがて試行錯誤しながら患者と向き合っていく……という展開は、考えてみれば、日曜劇場の大ヒット作『JIN―仁―』とも共通する。ただ、タイムスリップのような大きな仕掛けや謎がない分、『サマーレスキュー』は一見すると地味な印象を受ける。それでも、1話ごとに緊張感の走る山場があり、登場人物も一人ひとり丁寧に描かれていて、いざ見始めると引き込まれずにいられない。
出てくるエピソードにもことごとくリアリティがある。エンドカードで「この物語は実話に基づいたフィクションです」とクレジットされているとおり、本作を観ていると、綿密なリサーチにもとづき物語がつくられていることがうかがえる。たとえば、第2話では、診療所には手術に欠かせない無影灯がないので、速水が考えた末、沈みゆく陽光を患部に照らしながら素早く縫合するという話があったが、これもおそらく実話なのだろう。劇中ではまた、けが人の傷や手術シーンも生々しいほどに再現され、観ているだけで痛みが伝わってくる。当連載で『JIN』をとりあげたときにも書いたが、これはTBSの医療ドラマが得意とするところでもある。そのための美術スタッフの努力は、本作でもいかんなく発揮されていた。
物語が進むにつれ、大学病院の経営上大きな負担となっていた診療所を閉じるという話が持ち上がる。これを提案したのは、次期学長の座を狙う沢口だった。彼が、部下にして娘の光香(市川由衣)の婚約者でもある速水を診療所に行かせたのも、その現状を知ってもらうことで自分の味方につけるためだった。一方、倉木は診療所の存在意義を訴える。じつは2人は大学の同期で、かつては一緒に診療所の開設にも携わった仲だったが、その後、沢口は病院経営を重視するようになり、医者の使命はあくまで目の前にいる人の命を救うことだと考える倉木と対立を深めていった。このあたり、“プチ『白い巨塔』”といった趣きもある。主人公の速水は、沢口の意図に反して、倉木と同じく診療所の存続を訴え、ドラマの終盤では病院に反旗を翻すことになる。結末がどうなるかは、ぜひ配信で確認していただきたい。
向井理と尾野真千子の共通点
『サマーレスキュー』では、物語の軸となる速水と遥をそれぞれ向井理と尾野真千子が演じている。2人にはNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)でブレイクしたという共通点がある。2010年代には、それまで視聴率が低迷していた朝ドラが復調し、ヒット作も続々と生まれた。朝ドラ復調の理由の一つには、2010年4月より総合テレビでの開始時間を15分繰り上げて8時に変更したことが挙げられる。変更後最初の作品となった『ゲゲゲの女房』で、準主役であるマンガ家の水木しげるを演じて話題を集めたのが向井だった。一方、尾野はそれまでにも多くの映画やドラマに出演してきた実力派だが、2012年3月まで半年間放送された朝ドラ『カーネーション』で主演を務めたことで広く注目された。2人のように、朝ドラで存在感を示した俳優が、日曜劇場を含め民放ドラマで主演に抜擢されるケースは、これ以降もあいつぐことになる。
『サマーレスキュー』の出演者からは、この流れとは逆に、その後朝ドラで主演を務めて大ブレイクした俳優も出ている。医大生の1人を演じた能年玲奈(現・のん)だ。言うまでもなく、彼女は翌2013年の朝ドラ『あまちゃん』で、舞台を山から海に変え、海女を夢見るヒロインを演じて人気を集めた。医大生の役には彼女のほか、菅田将暉と小澤亮太が扮している。菅田は『獣医ドリトル』『運命の人』に続く日曜劇場となる本作では、金髪姿で登場してひときわ目立っていた。小澤はこの前年、『海賊戦隊ゴーカイジャー』で主演を務めている。菅田の俳優デビューは『仮面ライダーW』だから、そろって東映の特撮シリーズの出身者からの起用ということになる(こうした流れも当時すでにできあがっていた)。
出演者に関してもう一つ、気づいたことがある。それは、向井と尾野の恋人役をそれぞれ市川由衣と戸次重幸と、のちに現実に結婚する2人が演じていることだ。夫婦の馴れ初めは、2014年に共演したドラマ『おわこんTV』(NHK BSプレミアム)らしいが、それに先立つ本作では共演シーンこそないものの、2人の名前がエンドロールでたびたび並んでクレジットされている。これを見ると、運命めいたものをつい感じてしまう。
『サマーレスキュー』の最終回では終わりがけ、日本アルプス(劇中でモデルとなった診療所もこのうちの一山に所在する)には年間120万人以上の登山客が訪れるのに対し、山岳診療所の数はわずか20か所程度にすぎないとのテロップが流れる。調べてみたところ、この数は、放送から9年が経ったいまもあまり変わらない。そんな希少な診療所のお世話にはなるべくならないためにも、このお盆休み、山に登る人はくれぐれも無理をせず、けがしないよう気をつけながら夏山を満喫してほしい。もっとも、全国各地で緊急事態宣言が出ている状況では登山に出かけるのもなかなか難しいのが、残念ではある。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。