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点字版『ぐりとぐら』ができるまで 読書バリアフリーの普及に向けた制作者たちの思い

「バリアフリー」という言葉は福祉や建築などのジャンルでよく耳にするが、本や読書の世界にも存在する。何らかの「バリア(=障壁)」があって読書を楽しめない人に、もっともっと本に親しんでいただくべく、多種多様な創意が各所で生まれているのだ。

2019年に成立した読書バリアフリー法

 国内に視覚障害者は約31万2000人、発達障害者は約48万1000人、上肢障害者は約62万3000人存在する(※)。眼球使用困難症などを含めると、読書に障壁のある人の総数は数百万人に及ぶ。

 そこで、2019年に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律(読書バリアフリー法)」が成立した。読める・読みやすい読書環境を目指す出版社『読書工房』代表の成松一郎さんは

「生まれつき見えない人より、病気や事故で視覚障害になるケースが圧倒的。40代以降は緑内障などに罹患(りかん)する確率も高まります。本のバリアについて自分ごととして考えてほしい」と語る。

(※)厚生労働省「平成28年 生活のしづらさなどに関する調査より(全国在宅障害児・者等実態調査)」。本文中の上肢障害者の数は、身体障害者手帳所持者のみ。

「点字つきさわる絵本」は長い年月をかけて作られる

 点字にさわって物語を読む「点字つきさわる絵本」は、点字をつける以外にもさまざまな工夫をこらしている。

「点字つきさわる絵本は、盛り上がる透明樹脂インクを使って、絵(触図・しょくず)と文字(点字)を印刷しますが、制作過程で盲学校の生徒さんに実際に触れてもらい、その声を反映させながら作っていきます。

 本に登場するキャラクターや構成要素の角度・位置・数など、微妙な調整を何度も何度も重ねてベストな状態を探っていくのです。すると、構図も絵柄も原画とは変わってきます。例えば、あるキャラクターは正面より横を向いた方が出っ張った鼻の形が認識しやすくなる、といった気づきがあるのです」

 前出の成松さんはそう話す。

点字使用になっている絵本

『ぐりとぐら』にも点字絵本ならではの工夫が

 通常版の『ぐりとぐら』は、青い服を着ている野ねずみのぐりと、赤い服のぐらを色で区別しているが、点字つきさわる絵本では、ぐりを縞模様、ぐらをドット柄にして違いを表している。

 ほかにも、文字や卵、鍋の位置が変わっていたり、ぐらのカゴに入っているきのこの数が減っていたりする(下写真参照)。

『てんじつき さわるえほん ぐりとぐら』中川李枝子・作 大村百合子・絵 福音館書店 4070円
てんじのぐりとぐら

「点字つきさわる絵本」普及のきかっけは…

 「点字つきさわる絵本」の普及は、ある全盲の母親の思いがきっかけとなった。目の見えるわが子に読み聞かせをしたくても、読んであげられる絵本が存在しなかった。そこでボランティアの協力を得て、既成の本に透明なテープで点字を貼り付ける地道な作業を行い、一冊の本を自ら手作りして、読み聞かせをしたのだ。

 活動の輪は広がり、2002年に出版社・印刷会社・書店・学校などが参加する『点字つき絵本の出版と普及を考える会』が発足した。同会は年に2回の会合を行って情報共有しながら、点字つきの本をできるだけ出していこうという活動をしている。

 小学館・第三児童学習局の北川吉隆さんが語る。

「点字つきさわる絵本は商業出版物としては読者数が多くありません。そこで各社が一致団結し、社の垣根を越えて、『てんじつき さわるえほん』という共通のレーベルを作って、協力体制を構築しています」

絵本『さわるめいろ』の誕生ストーリー

 北川さんは2013年に『さわるめいろ』という絵本をプロデュースした。

「この本は、指で点字の線をさわってたどり、ゴールを目指す迷路遊びです。習熟している子は、まず指で全体像を把握することから始めます。ここがスタートで、ここがゴールだと理解したうえで点をたどっていく。途中に分岐点があると、そこを指でマーキングし、別の指を這(は)わせて考える。もし先へ進めなくなったら、分岐点まで戻って再度新しい道を探し、1つの正解にたどりつくのです」(北川さん)

 その際、シンプルすぎて難易度の低いものは飽きられてしまうという。

「『さわるめいろ』は何度でもチャレンジしてもらえる“歯ごたえのある本”になったと感じています。単一の線をたどる簡単なものから始まり、徐々に難しくなっていきます。カラーの印刷部には格子模様や波形などの模様を配置しました。未就学児から大人まで、幅広い年齢層のかたが遊べます」(北川さん)

 スタート時は全盲の人を読者として想定していたが、次第に弱視者の需要にも舵を切っていったという。

「2015年に出した第2巻は、多彩なカラーを使ったところ、『きれいだ』という声を多くいただきました。本を目の高さまで持ち上げて、うれしそうに眺める弱視の子の姿を目の当たりにしたときは、強い衝撃を受けました。点字の書籍もモノクロである必要はない。カラフルにしていこうと気づいた瞬間でした」(北川さん)

実際の点字をなぞっている写真

 読者ターゲットの総数が少なく市場規模の小さいジャンルながら、第1巻は「第61回産経児童出版文化賞大賞」「第23回けんぶち絵本の里大賞アルパカ賞」を、さらに昨年、3巻のシリーズとして「第69回小学館児童出版文化賞」など数々の賞を受賞。メディアでも取り上げられ、注目度は格段に増した。

「迷路はさらに難しくなりました。答えは一通りしかないものの、そこに到達するまでに、紛らわしい仕掛けがふんだんにあります。第1巻では、分岐点を越えて間違いに気づけばすぐに戻れましたが、第2巻・3巻は、分岐点が複数用意されていて、ルートもかなり複雑になっています。この試みはとても好評です」と北川さんは胸を張る。

 ただし、完成までの手間と時間はかなりのもの。原案づくりに始まり、盲学校の生徒や教師によるモニターテストを経て、何度となく手直しを繰り返す。印刷では点字の盛り上がりに気を配る。圧力をかける製本ができない本であるため「リング綴じ」や「蛇腹折り」にする―そうしたいくつもの工程を経て、ようやく書店に並ぶのだ。

さわって学べる布の絵本『ふきのとう文庫』

 さわる本には、布の絵本もある。1975年に日本で最初に布の絵本を作ったのは、北海道の公益財団法人『ふきのとう文庫』だ。布や素材の手ざわりを楽しみ、物語の中のドアを開けたり、ポケットに隠れているキャラクターを取り出すなど、しかけ絵本の要素が満載だ。

「絵本といえば紙、というイメージですが、布の本はストーリーを楽しむというよりおもちゃに近いもの。布やフェルトなどを使うことによってファスナーをはずしたり、ボタンをとめるといった動作が加わり、『点字を習う以前の指の練習に使える』『知的障害のある子供の、色や形の学習に適している』といった声が寄せられています」(前出・成松さん)。

 養護学校や訪問学級の教師によって現場の声や要望が伝えられ、布の絵本の製作側は手直しを加えていった。どれもボランティアのかたがたによる手作りで、現在は東京や大阪にも団体がある。

教えてくれた人

成松一郎さん/出版社『読書工房』代表、北川吉隆さん/小学館・第三児童学習局

取材・文/藤岡加奈子

※女性セブン2021年6月10日号

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