兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第81回 お兄さまは小便小僧だったのです】
若年性認知症を患う兄の不可解な行動に日々頭を悩ませるライターのツガエマナミコさん。このところ、シモの問題が深刻化…、そして、今回はさらに衝撃の出来事が!?
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
「まさか、まさか、そんなことする?」
兄がほがらかな笑い声をあげてテレビをご鑑賞されている穏やかな朝でございます。ごく普通な、ごく当たり前の、何の問題もない日常が流れているようなツガエ家ですが、わたくしはまたひとつ、ショッキングな兄の姿を目撃してしまいました。
兄はときどきベランダに出て外の様子を眺めているのですが、その日はおもむろに腰をかがめて周囲から隠れるようにこっそりと通りの様子をうかがう行動を始めました。明らかに挙動不審者です。
我が家のベランダは、腰の辺りまでは全面コンクリートの壁で、その上に50センチほどの高さで手すりが施工されています。兄はそのコンクリートスレスレに目線を置くように身をかがめて外を見ながらベランダをうろうろしていたのです。
「何やってんだろう?」と思いながら、昼食終わりのキッチンから兄の様子を注視していると、わたくしの位置からは一番遠いベランダの端まで行って、外を眺めるような素振りで壁に近づき、しばらくするとゆっくりとスエットのゴムを下にずらしているではありませんか!
「え? まさか、まさか、そんなことする?」と思っているうちに、あれよあれよ…。そうです、本家はベルギーのブリュッセルにあるという、市民からは「ジュリアン君」の愛称で親しまれているあの有名な小便小僧さまの体勢になって御用をお足しになられたのです。
「え~~~~~~?どうしてそこで~~~~~?」とわたくしの心中はおだやかではありませんでした。しかも周りを気にしてからの確信的犯行。「この壁の高さなら見えない」と踏んだのでしょうが、マンションが乱立しているので、近場の高層階からは丸見えだったと思います。しかもほぼ後ろ姿とはいえ、カーテン越しのわたくしにも見られてしまうという詰めの甘さは否めません。
モソモソとパンツをたくし上げて、何食わぬ顔でリビングに帰ってくる兄にかける言葉を探して、わたくしのコンピュータはフル回転いたしました。
「何してたの?」と知らん顔して訊くべきか、「今、オシッコしてたでしょう」と問い詰めるか、心情的には「なんでそんなところでオシッコするのよ、ばかじゃないの!」と言いたいところでしたが、口から出てきたのは、
「オシッコはトイレでしてね。ベランダではしないでおくれよ」
でした。
兄は“当たり前だろ”という空気を漂わせながら平然と「しないよ」とのたまいました。
「たった今してたやんけ」と思いましたが、そこを責めても仕方がございません。ボケが進んでトイレとベランダの区別がつかなくなってしまったのではなく、兄はベランダでオシッコをしようという明確な意志を持ってしたのです。しかも良くないことだとわかっているので周囲を気にしたし、わたくしに嘘をついた。
「これだったのか!」と合点がいったのは、その直後です。
じつは、少し前からそこの壁が汚れていることは気になっていたのです。決して大量ではなく、犬がマーキング的にする程度のものだったので、ずっとどこかの犬か猫がうちのベランダまで来ているかな?と勘ぐっておりました。冷静に考えればそんなはずはないのですが、まさか兄の仕業だったとは思いたくありませんでした。
いつからそれが始まっていたのかはわかりませんが、すでに日課になっているようで、我が家のベランダには1日のどこかで必ず小便小僧さまがやってまいります。わたくしは毎朝、そのお印を拝見しては、外帚(ほうき)でシャカシャカお掃除。
「おはようさん」と起きてくる兄が、その様子を見ても特に何を言うわけでもなく、また良きタイミングを見計らって新たなお印をつけるのでございます。ある種のストレス発散なのでしょうか。今朝目撃した小僧さまは堂々としたもので、2階からの風景を観賞しながら豪快に放出しておりました。わたくしはどうしたらいいのでしょう。
コップにオシッコも不定期に復活し、尿瓶(しびん)となったコップが洗面台で寂し気に佇んでおります。処分してしまったら、次はどこにするかと思うと処分もできません。コップもまさか自分が尿瓶になるとは思わなかっただろうと考えると、翻弄される運命という共通点でわたくしとコップは同志のようなもの。「そなたも不運よのぅ。共に耐えようぞ」と励まし合う今日この頃でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ