兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第79回 要介護認定を受けるべきか…」
一緒に暮らす兄が若年性認知症と診断されたのは、5年ほど前。病気を抱えながら会社勤めを続けたが、今は退職しほぼ一日中自宅リビングで過ごす兄は、少しずつ症状が進んできている様子で、妹のツガエさんの心中は複雑だ。お家時間が長くなるほど、日常の様々なことが気になるこの頃にため息が止まらない…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
朝イチのルーティン
朝方4時30分に部屋を開ける物音で目が覚めたツガエでございます。
眠りが浅いのか、わたくしは自分の部屋に何かが近づく物音には敏感で、その日も兄がふすまに手をかけてミシミシと開けようとしているのがわかってしまったのです。寝返りでも打てば退散するかと思い、露骨に咳払いをして寝返りを打つと、「いるの?」と言うではありませんか。
わたくし:「今、朝の4時半ですけど」
兄:「いるんだ。出かけたのかと思って…」
わたくし:「こんな時間から?」
兄:「ああ、ごめんね。寝直します」
わたくし:「……はい、よろしく」
怖い夢でも見たのでしょうか。5歳児のような頼りなさ。なんども言いますが兄は62歳でございます。こんなオジさまに母親のように頼られるのは正直ちっともうれしくございません。病人だとはわかっておりますが、こちとら華の独身貴族で母性なんてものとは無縁なのです。
中途半端な朝方、「こんな時間に目が冴えちゃったじゃん」と思いましたが、数秒で二度寝に成功いたしまして、気付いたら7時起床。我ながらあっぱれでした。
日が昇って、気分一新、リビングの窓を開け、換気をしながら掃除機をかけるのがわたくしの朝イチのルーティンでございます。1日中テレビ鑑賞されている兄の椅子を中心に落ちているフケのような乾燥肌の角質のような白い物体をまずは吸い取ってしまわないことには、一日が始められません。兄が起きてくればまたパラパラと落ちるので、どんなに掃除機をかけてもキリがないのですが…。
一方、掃除機をかけ終わったのを見計らって部屋から出て来て、「さぶいさぶい…」と言いながらテレビを点け、エアコンを見上げるのが、兄の朝一のルーティンでございます。
わたくしはベランダの窓を開け放ったまま、朝食の支度を始めて、兄とは目を合わさないようにしておりますので、兄は一人芝居のようにエアコンの下で手を伸ばしたり、左右から眺めたりして、毎朝小首をかしげております。それはまさに「エアコン点けたいんだけど…」とアピールする姿にほかなりません。
「エアコン入れるなら窓を閉めないと。閉めてくれる?」とお願いすると、「はいよ」と威勢よく返事はするものの、奮闘空しく、どこかが必ず開いているのもほぼ毎朝のことでございます。
長考の末、リモコンにたどり着き、なんとか電源ボタンを押すと、少し落ち着いたのかテレビ鑑賞の体勢に入る兄。その後ろ姿に「少し運動してみればあったかくなるんじゃない?」と提案しますが、“御冗談でしょ”と言いたげに首をすくめて、エアコンから出る温風に自ら当たりに行く体たらく。「じゃ一緒にスクワットでもしようよ」と言えるほどこちらも情熱がないので放置プレイ。閉め切れていない窓を閉めながら「あ~あ」とため息がだだ漏れる…。
これでは悪循環なのは明らかでございます。やはりそろそろ要介護認定を申請して、週1回でもデイケアとやらに送り込み、認知症にいいプログラムで運動や頭の体操をしていただいたほうがいいのかもしれません。しかし、我がこととして考えればご高齢者ばかりのケアセンターで時間を過ごすのは気恥ずかしく、気疲れも多そう。兄が行きやすいケアセンターが地域にあればいいのですが…。否、あったとしても「デイケアに行ってみない?」と告げるときのことを考えると、わたくしのほうが尻込みしてしまいます。兄がどんな顔をするか…想像すると気が滅入ります。
「はじめは嫌がってたけれど、楽しそうに行くようになった」という介護経験談は見聞きしております。今こそ「案ずるより産むが易し」。とりあえず区役所に行って要介護認定の申請をすれば、なにかしらの流れはできる気がいたします。頑張れわたくし。
→要介護認定とは?申請方法は?|介護保険サービスを利用するまでの流れ【介護の基礎知識】公的制度<4>
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ