半沢頭取誕生ニュースに驚愕!!まずは実在モデルで考える問題作『運命の人』【水曜だけど日曜劇場研究2】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解く「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン(隔週連載)。現実世界での半沢頭取誕生のニュースに世間は沸き立った(結局、別人だった)。日曜劇場原作のモデル探しには歴史がある。『華麗なる一族』に続き、ドラマ史と昭和史に詳しいライター近藤正高氏が考察するのは『運命の人』。まずは波乱の制作事情から。
日曜劇場のモデル史
昨年12月、三菱UFJ銀行の次期頭取に半沢淳一常務が昇格すると発表された。折しもドラマ『半沢直樹』の新シリーズが大ヒットした年の暮れ、その上、半沢氏は『半沢』原作者の池井戸潤と旧三菱銀行の同期(1988年入行)とあって、作品の主人公のモデルではないかとの憶測を呼ぶ。
もっとも、池井戸は発表直後に事務所の公式ツイッターを通して、半沢常務はたしかに同期入行ではあるが面識はほとんどなく、また、半沢直樹という主人公の名字は、敬愛する知り合いの名前をもじったものだと、モデル説をきっぱりと否定した。
半沢直樹にモデルはいなかったが、これまでの日曜劇場のドラマには実在の人物や出来事をモデルとした作品もいくつかある。
城山三郎の同名小説を原作とした『官僚たちの夏』(2009年)で佐藤浩市が演じた通産官僚・風越信吾は、通産事務次官まで務めた実在の官僚・佐橋滋がモデルである。また、木村拓哉主演の『南極大陸』(2011年)では、フィクションを交えながらも1957年の第1次南極観測隊をモデルとしていた。
さらに『南極大陸』に続き、翌2012年の年明けより放送された山崎豊子原作の『運命の人』では、1972年の沖縄返還を前に起こった外務省機密漏洩事件が重要な題材となった。
これは、毎日新聞社の政治記者だった西山太吉が、外務省の女性事務官から日米沖縄返還協定をめぐる極秘電信文を入手したことで、国家公務員法違反に問われた事件である。極秘電信文には、日米両政府が交わした密約が明記されていた。その内容は、返還協定において米国側が負担すると規定された軍用地の原状回復費用を、日本側が肩代わりするというものであった。
密約の存在は、記者から電文を提供された野党議員が国会で政府を追及してあかるみになる。それと同時に、議員が追及のなかで電信文を提示したため、機密漏洩も発覚してしまい、西山と事務官は逮捕された。これに対し新聞各紙は当初、国民の「知る権利」の侵害だと政府を批判する。だが、検察の起訴状に、西山が事務官に男女の関係をもって文書を入手したとする記述が盛り込まれていたことから、報道は一転してスキャンダルへとすり替えられていった。
この事件については、ノンフィクション作家の澤地久枝による『密約 外務省機密漏洩事件』(1978年)という作品があり、刊行からまもなくして北村和夫と吉行和子の主演でテレビドラマ化もされた(ちなみに北村の息子の北村有起哉は『運命の人』に出演している)。
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取材の鬼・山崎豊子
山崎豊子が『運命の人』の連載を月刊誌『文藝春秋』で開始したのは、事件から30年以上が経った2005年である。彼女はかねてより、第四の権力と呼ばれるマスメディアについて書いてみたいと思っていたという。しかし、なかなかテーマが見つからない。そこへ沖縄を旅する機会があり、地元の人たちから話を聞き、また、戦時中に自決した女子学生たちを慰霊する「ひめゆりの塔」にも赴いたことから、自分の古巣である毎日新聞で起こった事件を思い出し、これをテーマとすると決める。
同作は足かけ5年にわたって連載された。ちょうど日曜劇場で山崎原作の『華麗なる一族』が放送された時期(2007年)と重なる。
当連載の前回で書いたとおり、日曜劇場版『華麗なる一族』では原作にない主人公父子が裁判で争う場面が設けられた。これについて本作を企画した瀬戸口克陽プロデューサーが原作者の山崎豊子に相談に赴いたところ、山崎は快諾した上、《私も今、裁判ものの連載を執筆していて、裁判に関してはよくよく取材をしたので、何らかのアドバイスはできると思いますので》と付け加えたという。瀬戸口はこれを聞いて、よりによって取材の鬼である山崎先生がいま一番興味を持っているエリアで勝負することになろうとは……と、一瞬、言葉を失ったとか(『学士会会報』No.872)。
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このとき山崎が口にした「裁判ものの連載」こそ『運命の人』であった。作中、事件をめぐって主人公の新聞記者は被告人として国と裁判で争うことになる。現実の外務省機密漏洩事件では、事件の主任弁護士がすべての裁判記録を製本して、母校の大学に寄贈していた。山崎はそれを精読し、弁護士からもレクチャーを受けながら小説の構想を練っていった。それでも、法廷の場面を描くのは非常に難しかったという。
瀬戸口は、『華麗なる一族』で裁判シーンを描いたのをきっかけに、山崎の書く裁判ものの小説に興味を持ち、『運命の人』を読み始めた。同作の映像化のオファーは山崎のもとに多数届いたというが、結局、『華麗なる一族』に続いてTBSが権利を勝ち取る。決め手となったのは、瀬戸口の手紙だった。
沖縄の歴史と基地問題
沖縄は戦時中、日本国内唯一の地上戦により大勢の犠牲者を出し、戦後は米国の施政権下に置かれ、返還後もなお多くの米軍基地を抱える。瀬戸口はそうした沖縄の歴史と直面する基地問題などを、ドラマを通じて多くの人に伝えたいとの思いを、便箋約10枚にわたって手書きでつづったという(『サンデー毎日』2011年9月25日号)。
折しも、原作が完結して単行本化された2009年には民主党政権が発足し、それまで歴代政権も外務省も認めてこなかった密約問題の調査・検証に着手した。翌2010年には、衆議院外務委員会に西山太吉を含む4人の参考人が招致され、証言を行なっている。瀬戸口も、夫人で自民党所属の衆院議員の小渕優子のアテンドによりこれを傍聴した。
民主党政権は他方で、膠着状態となっていた沖縄の在日米軍・普天間飛行場の移設問題を解決すべく、時の首相・鳩山由紀夫が県外移設を模索し、沖縄県民の期待を集めた。だが、鳩山の発言は二転三転し、結局、移設先は日米合意と閣議決定によって従来どおり名護市の辺野古沖とされた。これが一因となり、鳩山内閣は2010年6月に総辞職する。
2012年、沖縄返還から40年を迎える節目で『運命の人』のドラマ化されたのには、以上のような背景があった。プロデューサーの瀬戸口は、題材となる事件について、一般的に呼ばれている「外務省機密漏洩事件」ではなく、本質はあくまで密約の存在の有無にあるとして、「沖縄返還密約事件」と捉えてドラマ化したという。
『運命の人』のモデル
企画から放送にいたるまでには、東日本大震災と福島第一原発事故も起きている。瀬戸口は放送を前に、《原発の問題でも、政府の説明する責任、国民の聞く責任、それらを双方が今また放棄してしまうと、取り返しのつかない事態がどんどん未来に積み残されていく。その悪しきスパイラルというか習慣から脱却しなければ未来はありません。そうした意味でもこのドラマは、すごく今日的だなと思っているんです》とも語っていた(『調査情報』2011年11・12月号)。
ところで、山崎作品をめぐっては、モデル問題がたびたび取り沙汰されてきた。『運命の人』も例外ではない。執筆に際しては、主人公の新聞記者のモデルとして西山とその夫人にも取材した。しかし、西山によれば、同作をめぐってはずいぶん衝突もしたという(西山太吉『記者と国家 西山太吉の遺言』岩波書店)。また、ドラマ放送中には、読売新聞グループ本社会長の渡邉恒雄が、作中で自分をモデルにしたと思しき主人公のライバル紙の記者を「悪徳記者」であるかのように描いていると、週刊誌に抗議文を寄稿したこともあった(『サンデー毎日』2012年2月19日号)。
山崎は徹底的に取材してリアリティを追求する一方で、小説にする以上、よりドラマチックな人間ドラマとして描くべく脚色も辞さなかった。そこには、あくまで事実を追求する西山とは相容れない部分もあったのだろう。連載当時、まだ国を相手取って裁判のさなかにあった彼にとっては、小説の記述が裁判の支障とならないか懸念するところもあったはずだ。
それでも、『運命の人』によってかつての事件がクローズアップされ、多くの読者に沖縄問題を省みさせたことは間違いない。ドラマ化されたとなればなおさらである。その内容については次回以降、詳しく見ていくことにしたい。
※次回は1月20日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。
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