兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第76回 理事長に就任いたしました」
兄と過ごす時間は長いけれど、ツガエマナミコさんの生活は兄のサポートだけではない。このたび、マンションの管理組合の理事長を引き受けてしまったという。そして、兄の日常にも変化が起きているこの頃…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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坂道を転げるか!?兄の近況
この度、マンションの管理組合理事長に就任いたしましたツガエでございます。
このマンションに引っ越してきて約1年半が経ちまして、理事の順番が回ってくることはわかっておりましたが、まさか理事長になるとは思ってもいませんでした。しかも、あろうことか自ら志願してしまったのです。これはビックリ。7年住んだ前のマンションでも役職決めの際は誰とも目を合わさない作戦で逃れてまいりましたのに…。
理事会は6人で、役職決めは古典的な「あみだくじ」でした。それによってわたくしは「会計」をゲットしたのですが、「理事長」を引き当ててしまった紳士が「わたし、1週間に2日しかここにいないんですよ」とおっしゃりはじめ、管理会社の担当者や管理人さんが「いや、週2日いらっしゃれば大丈夫ですよ」と説得にかかり、少しもめたのです。「じゃ、副理事に印鑑を持っていてもらって、急のときはメールで理事さんに連絡を取って承諾を得て副理事さんに印鑑を押してもらいましょう」といったことで話しが進んでいきました。それでもなお「いや、でもな~」となかなか煮え切らない紳士のご様子に、わたくしだんだん耐え切れなくなってしまい、自然と左手があがり「代わりましょうか?」と口走ってしまったのです。
「そうしていただけるなら」と全会一致だったのは言うまでもございません。まるでダチョウ倶楽部さまのギャグのようでした。「じゃ、会計は私が」とお隣のご婦人が手をあげ、そのご婦人がやるはずだった副理事を週に2日しかいないという紳士が担当することになりました。
「本当にありがとうございます。助かりました」とみなさんに感謝されることは想定済みでしたし、じつはコロナの影響でしばらく理事会がストップしていたため、任期が残り8か月だという計算も働いておりました。いつもより短くてお得というわけです。
理事会の印鑑を預かると、さっそく管理会社の担当者に「ここと、ここと、ここと、ここにお願いします」と言われるがままに割り印してまいりました。あとはひと月に1回のペースで収支報告書などの書類に理事会の印鑑を押すだけ。どうやら今期は大規模修繕の年らしく、大きなお金が動きそうです。「むしろ会計じゃなくてよかったかも」と胸を撫でおろした次第です。
そんなわたくしの就任劇をよそに、兄の症状は順調に坂道を転げております。リビングに貼ってある消防点検の日のお知らせを眺めて「これは…何?」とのたまうので、「火災報知器の点検にくるのよ。日付書いてあるでしょ。いつって書いてある?」と切り返しました。
じつはもう何度も同じ質問をされていたのです。兄の「いつ? えっと……2月」と消え入りそうな声が聞こえました。正解は12月27日だったのでがっかりしました。日付が読めなくなったのです。いや、漢字が読めなくなったのかもしれません。「月」と「日」は図形的に捉えると確かに似ておりますから…。兄にとって文字や数字はもはや意味を持たない図形かもしれません。そう思うと本当にがっかりでございます。
近頃は食器も満足に洗えなくなりました。以前から自分の食器ぐらいは自分で洗っていただく方針でやってまいりましたが、兄の食器にはごはん粒が残っていたり、油が残ってヌルヌルだったりするので、洗いなおすことが増えております。
それでも一つ感心なのは、毎日お髭をお剃りになっていること。コーヒーメーカーの扱いは完全にできなくなりましたが、お髭剃りはまだ大丈夫なようです。でも電動髭剃り器のお掃除はみるからに無理だったので、わたくしがときどきやらせていただいております。あんなものに触るのは超がつくほど気持ち悪いのですが「こんなに溜まるんだ!」というくらいごっそり取れる光景はどこか気持ちいいもの。そんな絶妙なメンタルを味わいながら「ああ、一生兄の召使いなんだわ」とシンデレラしてしまう今日このごろでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ