老人ホームの恋愛事件簿|高齢者の恋と性の切ないエピソード
老人ホームやデイサービスで密かに繰り広げられている恋愛模様と性事情について、ジャーナリストの沢木文さんがレポート。老人ホームで暮らす80代の男女の恋と三角関係、男性介護士を本気で愛してしまった74歳の女性の嫉妬と執念――介護施設の男と女のリアルな恋と性の物語、4選をお届けする。
老人ホームの恋愛事件4選
高齢化が進み、介護施設は増え続けている。中でもデイサービスには、元気な高齢者も多く、食事や入浴のほか、レクリエーションなども行われるため、スタッフや利用者どうし親密な関係となり、まさかの恋愛、そして性的行動に発展するというケースもあるという。
東京23区内のデイサービスで働く女性と神奈川の有料老人ホームに勤める介護士の女性に取材した、介護施設で実際にあったエピソードを紹介する。
高齢者同士の恋愛は夜這いという形で…
高齢者の恋愛欲求や性衝動については、“騒動の種”として語られることが多い。“老人ホームで生まれた恋”――その顛末とは。
「ショートカットが似合う小ぎれいなおばあちゃん、栄子さん(78歳・仮名)が、好きになった男性利用者さんの部屋に、いわゆる夜這いをしたんです…」
こう語るのは、神奈川県内の有料老人ホームに勤務する横田美奈絵(仮名・45歳)さんだ。
「お相手は、竜雷太さんに目元が似ている信夫さん(82歳・仮名)。彼を思うあまりに、栄子さんは部屋に忍び込んでしまったんです。信夫さんは入浴から帰ってきて寝ようと思ったら、女性がベッドにいたものだから、恐怖と驚きのあまり気が動転してしまい、しばらく体調を崩されてしまいました」
栄子さんは厳重注意となり、報告を受けた息子さんからは「みっともない」「恥を知れ」「こんな色気ババアが母親だなんて!」などと口を極めてののしられた。
「栄子さんにとっては、久しぶりの恋だったかもしれない。心が浮き立つような思いから、地獄の底に落とされた気持ちではないでしょうか。彼女が心に受けた傷は計り知れません。栄子さんは、がっくり気落ちされて、認知症が進んでしまったんです。それから間もなく栄子さんはグループホームに移られました」
恋は若返りの妙薬でもあるが、思いが届かなかった場合、身に危険を及ぼす劇薬にもなる。
「恋愛経験が豊富な方は、異性に言い寄られても上手にかわし、楽しそうにしている人もいます。しかし、ずっとパートナーひと筋で生きてきた方や、異性への思いが強く真面な方ほど、恋愛トラブルを起こしてしまうように感じますね」
80代の男性が火花を散らす三角関係の恋
「老人ホームで恋愛しているカップルは結構見てきました。皆さん元気で健康なので、異性に恋をすることはよくあるのですが、トラブルに発展することもあるのです」と語る横田さん。
彼女は老人ホームで高齢者同士の恋愛をたくさん見てきた中で、印象的だったのが三角関係でのトラブルだという。
「葉子さん(仮名・81歳)という、帽子デザイナーとして活躍していたおしゃれな女性がある日入居してきたんです。八千草薫さんのような可憐で美しい女性でした。
すると、レクリエーションで隣に座った男性たちが浮足立って…。彼女の歓心を得ようとした良治さん(元経営者の80歳・仮名)と、嘉昭さん(元官僚の81歳・仮名)がバチバチの火花を散らして、言い争いに発展したんです。
『葉子ちゃんは俺のことを好きって言っていたぜ』
『いや僕が先に口説いたんだ』って…。
ふたりとも組織のトップに上り詰めた経験や、おそらく女性にモテてきたであろう経験からなのか、自信満々で。見た目は普通の優しそうなおじいちゃんなんですけどね(笑い)。
――この恋の三角関係には、まだ続きがある。
「三角関係の火花が、周りに飛び火したんです。今度は、良治さんと嘉昭さんに恋心を覚えていた女性利用者さんたちが葉子さんを無視しはじめたんです。
美女1人の登場により、それまでうまくいっていた人間関係が一気に崩壊してしまったんですよ。結局、葉子さんは別の関連施設に転居していきました」
老人ホームで中学や高校の教室かのような男女関係のトラブルが繰り広げられていたわけだ。
「ホームは個室ではありますが、同じ屋根の下で毎日生活を共にします。食事やおやつも一緒ですし、レクリエーションなどのイベントも行われますから、入居者どうしの人間関係も親密になっていくこともあります。
80代のおじいいちゃんとおばあちゃんたちが、まるで学生かのような恋愛沙汰を起こすんですから…。年齢に関係なく恋愛のエネルギーって凄いですよね」
デイサービスで80代男性の一途な恋
「高齢の利用者さんの中には、子供返りしたような言動の人も多く、私は子育てを思い出しながら利用者さんに接しています」
こう話すのは、東京都内の介護施設でデイサービスの仕事に5年勤める岡田弥生さん(65歳・仮名)だ。弥生さんは静かに笑い、施設での話を明かしてくれた。
「入浴介助をしているとき、セクハラ発言をする人もいて困りますね。いちいち反応していては仕事が進まないので受け流していますが…」
弥生さんが働く介護施設では、60~90代の利用者さんがいるが、男性利用者の半数は、女性スタッフにちょっとエッチな発言をしてくるという。
男としての欲望を露わにしてくる人もいる中で、母親に甘えるようなスタンスの利用者もいる。
「デイサービスでも明るくて人気者の健三さん(82歳・仮名)の入浴のお手伝いをしていたら、私の胸を触ってきたんです。とっさに私のおっぱいは2人の子供がいるから年季が入っているわよ』と言ってみたら、『やわらかかったよ』と嬉しそうに笑うんです。
その顔は男性というより小さな男の子みたいでした。男はいくつになってもおっぱい、いや、お母さんが好きなんだなと思いましたね」
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――この話にも後日談がある。弥生さんは、健三さんから指輪をプレゼントされたのだという。
「『弥生さんにだけ、特別だよ』とシワシワの手で差し出されたのは、プラスチックの指輪でした。ねずみのキャラクターが描かれた子供用のおもちゃの指輪だったんですよ。健三さんのお孫さんが遊びに来た時に忘れて行ったものかもしれませんね。
本人は大真面目だったので『ありがとう、嬉しいわ』ともらっておきました」
介護施設では、利用者からスタッフへの私的なプレゼントを受け取ってはいけない決まりになっているため、事務スタッフに報告をしたという。
「事務の人は笑っていましたけれど、健三さんのご家族からは『最近、おじいちゃんが元気になって楽しそうだ』と連絡があったらしいんですよ。私を喜ばせるために、いろいろ考えて、ワクワクしてくれたんだなと思うと微笑ましくもなりました」
介護スタッフに性的な欲求をぶつけてこられるのは困りものだが、「誰かの喜ぶ顔が見たい」と思う気持ちは生きる活力につながるものなのだ。
介護職の男はモテる…74歳女性の恋心
弥生さんが見た介護施設での恋愛は、利用者の女性と男性介護士の間でもあったという。
「いつもは大人しい芳江さん(74歳・仮名)が、男性介護士の高瀬剛くん(32歳・仮名)を好きになってしまったんです。
芳江さんは目鼻が小さくどちらかというと地味な感じの人でした。高瀬くんは、ちょっと華があるというか、いわゆるジャニーズ系のきれいな顔立ちでしたね。
剛くんが芳江さんに食事の配膳をすると手を触れたり、じっと見つめていたり…。そのうち、彼女は剛くんも自分のことを好きだと思い込んでしまったんです。
剛くんは、やさしく丁寧にお断りしていたのですが、あるとき芳江さんが逆上して…。介護施設を経営する会社の本部に連絡して、自分が男性スタッフからセクハラを受けたと伝えたのです」
もちろん男性スタッフは、全くセクハラなどしていない。完全に根も葉もない話だ。芳江さんは、異常なほど細かいシチュエーションを妄想ででっち上げ、本部へ伝えた。そのために、本部の人から疑われてしまったという。
「何度も本部に連絡をして、根拠ないセクハラ被害の話を異常なエネルギーで言い続けたそうです。その結果、高瀬くんは自主退職に追い込まれたんです。
女性の恋への執着というんでしょうか、思い込みの力と言うのは恐ろしいものだと思いました」
誰かを好きになる気持ちは、高齢だからとはいえ止めることはできないが、一歩間違えるとトラブルになりかねない。老人ホームでの恋愛――決して他人事ではない。
取材・文
沢木文さん/1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。
イラスト/上村恭子
※プライバシー保護のため実話を元に一部設定を変えています。
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