《東京から故郷の広島へ》R-1王者・三浦マイルドさん「ネタは書けないが故郷に戻った選択に後悔はない」
久しぶりに実家に帰省した際、両親の様子に「あれ?」と違和感を覚えた人はいないだろうか。小さな異変は認知症の早期発見において重要なサインだが、すぐ両親の元へ戻るのは難しいもの。母の変化に気づき故郷に戻ったピン芸人の三浦マイルドさんに、決断したきっかけを教えてもらった。
教えてくれた人
三浦マイルドさん(48)/芸人
一年ぶりの帰省で目にした母の変化
2013年の『R-1ぐらんぷり』で優勝したピン芸人の三浦マイルドさん(48才)は、認知症の母を介護するため、2024年2月に故郷の広島へ戻った。東京での生活を手放す決断に踏み切らせたのは、帰省のたびに強まる母の変化だった。
「もともとは要介護2でヘルパーさんにも来てもらっていましたが、広島から東京に戻るときに母が手を握って離さなかったんです。その姿を思い出すと帰りの電車で涙が止まらなくて、もう戻らなきゃダメだ、広島で介護しながら仕事をするしかないと考えました」(三浦さん・以下同)
そもそも最初に異変を感じたのは、2023年の夏だった。
「夜はライブで電話に出られないと伝えていたのに、何度も電話がかかってくるようになり、ライブが終わると着信が30回ということもありました。認知症とは思いもよらず、怒ったら電話が止まったので理解してくれたと思っていたんです。するとしばらくして地元の同級生から“お母さんの様子がおかしいよ”と電話がかかってきました」
1年ぶりに帰省して見た光景は、衝撃だった。
「家がゴミ屋敷のようで、カップラーメンの食べ残しに虫が飛んで、便を漏らした形跡もある。たばこの吸い殻も灰皿に山盛りでした。何より驚いたのはやせ細った母の姿。体重が15kgも落ちていた。
ぼくが料理をすれば、その場では食べますが、留守中におにぎりを作って冷凍しても、電子レンジすら使えない。こんなになるまで放っておいたのかと、罪悪感がこみ上げました」
一緒に暮らせば改善するという期待もあったが、現実は違った。
「確かに表情は穏やかになったけれど、家では寝ている時間が増えて、おむつは“年寄りじゃない”と嫌がる。認知症は完治することが難しいからこそ、もっと早く気づけばよかった。
いまは体調を崩して入院しているので、正直、ぼく自身はすごく楽です。けれど、母は家に帰りたいはずなので何とか戻れるようにしたい」
地元に戻ったことで胸につかえていたものが少し取れた気がする
だが、地元に戻るという選択は三浦さんのメンタルも安定させた。
「母は芸人になることを反対していたし、親が喜ぶような仕事でもないので、母子家庭で育ててくれた母に申し訳ないという気持ちがずっとありました。でも介護をして罪滅ぼしというのか、胸につかえていたものが少し取れた気がします」
一方で失ったものもある。
「介護を言い訳にしたくないけれど、お笑いだけを考えてネタを作る時間はありません。劇場で仲間が新ネタを披露していると、いまの自分にはできないと思う。それでも、広島に戻った選択に後悔はない。最近は芸人の活動の仕方やジャンルが多様化しているので、後輩のためにも介護しながらでも芸はできるというモデルを作りたいです」
写真/三浦マイルドさん本人、PIXTA
※女性セブン2025年12月25日・2026年1月1日号
https://josei7.com
●認知症の妻を介護した作家・阿刀田高さん(90)「真夜中に水をかけられたことも」 妻亡き後は『自由に、いい加減』な暮らしを実践中
●介護現場における「花」の効果 介護福祉士が語る高齢者へのポジティブな影響、徘徊して戻ってきた認知症の男性は花を手に「これをあなたに…」
●《東国原英夫さんが告白》「あんたは誰だ!」実母に殴られ、両手足を縛って病院へ「妻に丸投げ」「介護のために結婚したのか」とブーイングも…“綺麗事では済まない”認知症の介護事情
