兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第65回 ストレスは降り積もる雪のように…」
若年性認知症を患う兄の行動は、予想を上回って理解不能なこともしばしば。一緒に暮らすツガエさんは、兄を温かく見守りたい気持ちは山々なのだが、苛立ちは日々募るばかりで…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
兄が寵愛する1本の爪楊枝
雨の日の新聞にかかっている薄いビニール袋、一般的にはどうするものなのでしょうか。わたくしは、力任せに引きちぎって丸めてゴミ箱にポイッが通常でございます。
しかしながら我が兄はいつも丁寧にハサミを使用いたします。そればかりか、そのビニールにほんのわずかついた水滴をティッシュでキレイに拭う几帳面ぶり。その後もビニールを気の済むまで手で伸ばしてたたみ、物陰にそっとお捻じ込みになります。包装紙や手提げ袋ならいざ知らず、あのビニールを保存する人は世の中にいるのでしょうか?
二次使用できるほど耐久性もないので、わたくしが掃除の度にほじくり出して捨てるのですが、先日はその物陰にケンタッキーフライドチキンの小ポテトの空袋を発見いたしました。数年ぶりに食べたくなってハローワークの帰りに買ってきたオリジナルセットのものでございます。KFCという赤い印刷が入った紙の小袋には若干の油ジミもございます。
「なんでこんなものここに?」とイラつき、さっさとゴミ箱に入れたのですが、それを見ていた兄がすかさずゴミ箱から小袋を救済したのをわたくしは見逃しませんでした。
掃除の手を休めず「それ要るの?」と舌鋒するどくわたくしが言うと「爪楊枝あるから」と訳の分からないことをのたまうので、「はぁ?」と聞き返すと、小袋の中から1本の爪楊枝を取り出してみせてくれました。
誤解のないように申し上げますが、我が家は決して爪楊枝も買えないほど貧乏ではございません。むしろ腐るほどストックしてあり、兄も毎日楊枝入れから取り出してシーハーしては、その辺に置きっぱなしにしている輩でございます。
なぜ、その1本の爪楊枝だけが兄の寵愛を受けてKFCの袋に収まっているのかはわかりません。でも「まぁ兄なりに理由があるのだな」と理解し、かれこれ数週間が経ちました。
見る度に捨てたい衝動に駆られてしまいますが、思えばわたくしも紙袋を捨てられないほうの人間で、無印良品やユニクロだってとりあえずとっとく派。もしかすると兄が寵愛しているのはKFCの小袋のほうかもしれないと思えば、なぜか納得できるようになりました。兄妹そろって「貧乏性」です。
その割に、兄の水道やティッシュの使いっぷりは、わたくしからすれば無駄ばかり。雨の日の新聞のビニール袋の水滴しかり、兄はティッシュを惜しみなく使うので、わたくしとしてはイラっといたします。水道も「お皿2枚にそんなに時間かかる?」と思うほどお湯を出しっぱなしでお洗いになります。それでも「自主的にやることはやらせなければ」という介護的観点からグッと堪える毎日です。
水道代もティッシュ代も金額にしたらたかが知れています。「医療費の一部」と割り切れば何でもないのに、目撃してしまうとイラっとしてしまう。ということは「見ないこと」が、このイライラの解決法ではないかという結論に達し、近頃は兄をなるべく見ない日常を送っております。
まぁ、そう申しましても2LDKの距離感ですから、たかが知れておりましてストレスは雪のように音もなく降り積もってゆきます。そう、今日もリビングの椅子に座り、前のめりでテレビアニメ「ポケットモンスター」を鑑賞しているのがわたくしの兄でございます。現在61歳。ある意味モンスターです。はぁストレス…。
つづく…(次回は11月5日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ