ドラマ『天使にリクエストを』|最期に寄り添った経験があるから、生きる意味を見出せる
死に寄り添うとはどういうことなのか。誰もが避けては通れない重いテーマを、朝ドラ『なつぞら』などの名手・大森寿美男が描き出す。生きる意味を失った探偵・島田修悟(江口洋介)が受けた不思議な依頼は、思わぬかたちで人生を拓いていく。
続編要望の声止まない中、今夜最終回を迎える『天使にリクエストを~人生最後の願い~』(NHK土曜夜9時 再放送水曜深夜0時50分 全5回)の見どころを、ドラマを愛するライター・大山くまおさんが紹介します。
探偵がかなえる「人生最後の願い」
あなたは死ぬ前にどんな願いをかなえたいだろうか? もし大切な人から死ぬ前に「最後の願い」を託されたら、どんな行動を起こすだろうか? そのとき、あなたはどんな気持ちになるだろうか?
人は生活に忙殺されているうちに、一歩一歩、死に近づいていく。大切な人もそうだし、自分もそう。長く続くコロナ禍の中で、さらに生と死を意識した人も多かったのではないだろうか。そんな人たちに観てもらいたいドラマがある。
NHKドラマ『天使にリクエストを~人生最後の願い~』は、人々の「人生最後の願い」をかなえるために奔走する薄汚れた中年探偵とその仲間たちを描く物語だ。
60年前に捨てた子どもに会いたい
不慮の事故で息子を亡くし、妻とも別れた元刑事の島田修悟(江口洋介)は、若い助手の小嶋亜花里(上白石萌歌)とともに小さな探偵事務所を営んでいるが、仕事にやる気はなく、酒浸りの自堕落な暮らしを送っている。
ある日、彼のもとへ佐藤和子(倍賞美津子)という身なりの良い老女がやってきた。彼女の依頼は、入院したときに知り合った、身寄りがなくて余命僅かながん患者・大松幹枝(梶芽衣子)をある場所に連れていくというもの。
幹枝が死ぬ前に行きたいと願っていたのは、60年前に子どもを捨てた場所、富士宮。報酬の大金目当てで重い腰を上げた修悟は、訪問看護師の寺本春紀(志尊淳)の手を借りて、幹枝とともに富士宮へ向かう。
幹枝はヤクザになった息子に会いたがっていた。和子はそのことを知っていて、元マル暴刑事の修悟に依頼したのだ。修悟は常軌を逸した方法でヤクザに近づき、ついに幹枝と組長になった山本克美(六平直政)の対面にこぎつけるが……。
滋味にあふれ、ひねりの効いたストーリーで観るものを惹きつけるドラマだ。それでいて、大げさな泣かせる演出に走らず、どこかサラッとした作風が心地良い。
ドラマを彩る昭和の名曲たち
ドラマからは昭和の時代の薫りが濃厚に漂う。タイトルにある「天使」は、往年の探偵ドラマ『傷だらけの天使』へのオマージュ。江口洋介、上白石萌歌、志尊淳の脇を固めるのは、倍賞美津子、梶芽衣子、塩見三省、山本學、西郷輝彦といった昭和の時代から活躍する名優たちだ。
毎回、昭和の名曲が流れるのも大きなポイント。第1話ではグレープの「無縁坂」を江口洋介が歌い、第2話では西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」を上白石萌歌が歌う。
前者の歌詞は、生き別れた母子の幹枝と克美、子を亡くして悲しみに暮れる修悟の妻・時恵(板谷由夏)とオーバーラップする。後者は安保闘争の季節を横目に、望まない子を宿し、その子を捨てざるを得なかった幹枝が歌ってほしいとリクエストした歌だ。上白石萌歌の透明な歌声と、人生を思い返しながら涙する梶芽衣子の名演が観る者の涙を誘う。
第3話では、小説家志望のホームレスで末期がん患者の武村(塩見三省)の「最後の願い」をかなえようとする。彼がいまわのきわに漏らした「生活の柄」という言葉を聞いて、修悟が歌いはじめるのがフォークシンガー・高田渡の「生活の柄」。「歩き疲れては 夜空と陸との隙間に潜り込んで 草に埋もれては寝たのです」とは、武村の人生そのものだろう。
歌はその人が生きて、その曲を聴いていた時代を丸ごと運んでくる。第4話で上白石萌歌が歌う松任谷由実の「守ってあげたい」はとりわけ心に染みた。彼女が誰のために、どんなシチュエーションで歌ったものかは、ぜひ観て確かめてほしい。
死を感じることは、生を感じること
人の最期に寄り添うことで、自暴自棄になっていた修悟も生きる意味を見出していく。和子は修悟に依頼した本当の理由をこう明かしていた。「あなたには親の気持ちや、死を見つめた人の気持ちがわかるから」。くたびれた中年でありながら、時にぼろぼろと涙を流す江口洋介の演技もいい。
実際にヨーロッパなどで行われている「人生最後の願い」をかなえるボランティアから膨らませた物語は、死を間際にした人たちとどう接するか、人の死に寄り添うこととはどんなことなのか、懸命に生きることとはどんなことなのかを考えさせてくる。オリジナル脚本を書いた大森寿美男(NHK『なつぞら』など)は、公式サイトでこう語っている。
「死を感じることは生を感じること。終わりを見つめることは、また何かの始まりを見つめることなのかもしれません。これは懸命に生きることを描いた物語です」
全5話で終わるが、続編を望む声は多い。番組の掲示板には、高齢の親を世話している人たち、あるいは親を看取った人たちによる熱い感想がたくさん記されている。ぜひともシリーズ化してほしいものだ。
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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