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不朽の名作『岸辺のアルバム』は「八千草さんじゃなかったら、どうなっていたかわからない」

 コロナの影響で新作ドラマがなかなか始まらない、始まっても途中で終わってしまう。そんな時は「過去の名作ドラマ」を配信サービスで観てみよう。外出自粛生活の中で根付きつつある。そこで、忘れられない名作をドラマ好きライターが紹介していくシリーズ第2回は八千草薫主演『岸辺のアルバム』。ライター大山くまお氏が脚本家・山田太一の製作にかけた思いを追いながら、傑作の真髄に迫る。

山田太一のファンタジーが心を揺さぶる『丘の上の向日葵』

モチーフは1974年の多摩川水害

 濁流に流されていく家屋、大雨の中で叫ぶ家族たち、そして空から映し出される多摩川の河川敷の光景に被さるジャニス・イアンの「ウィル・ユー・ダンス」……。

「教えてあげて、子どもたちに。見かけだけでも
 私たちがどんなに仲良しかっていうことを」(訳詞)

 山田太一が原作・脚本を務めた『岸辺のアルバム』は1977年に放送されたテレビドラマ。主演は2019年に惜しくも逝去した名女優、八千草薫。共演は杉浦直樹、中田喜子、国広富之、竹脇無我ら。テレビ史に残る名作ドラマとして評価されており、2011年に『週刊現代』で行われた「決定!懐かしのテレビドラマベスト100」という企画では堂々1位に輝いた(2位は『北の国から』)。初回の視聴率は14.2%、最終回は20.%を記録したが、当時の水準としては普通だったようで、山田は「視聴率はよくなかったですよ」と振り返っている(WEB本の雑誌 2014年5月21日)。

 鮮烈なオープニング映像で表されているように、1974年9月に発生した多摩川水害をモチーフにしながら、家族の崩壊と再生を描く。特に「貞淑」のイメージそのままに良妻賢母の役を多く演じてきた八千草薫が不倫にのめりこむ描写が大きな話題を呼んだ。

 家族の日常を通して人情の機微を描きつつハッピーエンドに至る「ホームドラマ」というジャンルは1960年代から70年代にかけて隆盛を誇っていたが、『岸辺のアルバム』の登場によって楔(くさび)を打ち込まれた感がある。「辛口ホームドラマ」という論評もあったが、山田は予定調和的なホームドラマに多少なりとも反感を持っていた。初めて脚本を手掛けた連続ドラマ『三人家族』(68年)では当時理想とされていた大家族に対して「欠陥家族」とも言われていたひとり親の家庭を取り上げた。『それぞれの秋』(73年)は家族がそれぞれ秘密を持っているという『岸辺のアルバム』にも通じる物語だった。多くのホームドラマがファンタジーを描いていたのに対して、山田は人々にリアルを突きつけた。

「一人ひとり孤独や悩みを抱えているのに、当たり障りのない会話しか交わさない。それが現代の大半の家族の姿なのではないか」(プレジデントオンライン 2019年3月2日)

 そう考えた山田は、洪水で家が流されるニュース映像から着想を得て、『岸辺のアルバム』を手掛ける。

不倫にのめりこむ貞淑な妻・八千草薫

 田島家は、小田急線和泉多摩川駅近くの多摩川べりに一軒家のマイホームを構える中流家庭。父・謙作(杉浦)は仕事人間の商社マン、母・則子(八千草)は趣味の洋裁にいそしむ専業主婦で、姉・律子(中田)は上智大学に通う女子大生、弟・繁(国広)は受験を控える高校三年生だ。ありふれた核家族だが、まだまだ庶民的な家庭が多かった1970年代後半としては、少しだけハイソサエティな一家かもしれない。一階からは土手しか見えないが、二階からは眺めの良かったこの家を謙作は誇りに思っていた。

 しかし、一家は少しずつほころびはじめていく。最初に揺らいだのは貞淑な妻・則子だ。きっかけは見知らぬ男からの執拗ないたずら電話。しかも、その内容はセックスの回数や浮気の経験を聞くというもの。則子は相手にしないが、自分に関心を示す相手の男に惹きつけられてしまう。夫は仕事ばかりで、子どもは成長してしまってまともに話もしない。ひとりでひたすら家を掃除し続け、息子の夕飯を作り、ぼんやりとテレビを眺める毎日。専業主婦の孤独が、則子の心に隙を作っていた。電話を切ろうとする則子に、男は次のような言葉を浴びせる。

「この電話を切って、何があるんです? いつもの通りの日常があるだけじゃありませんか」

 則子は非日常である不倫の世界へと少しずつ踏み出していく。北川と名乗る男(竹脇)の誘いに乗って逢瀬を重ね、同伴喫茶(カップルが横並びに座って個室風に利用できる喫茶店。ラブホテル代わりに利用された)に足を運ぶこともあった。そしてついに北川の浮気の提案を受け入れてしまう。

 5話で、則子は膵臓がんで入院中の友人・時枝(原知佐子)を見舞うが、死期を悟った時枝は過去に若い男を買ってセックスしていたことを告白する。彼女は見合い結婚で子どももおらず、義母の介護ばかりでろくに旅行にも行けなかった。

「よく男を買ったねって、自分をほめてやりたいくらいなの。あいつを買った時だけ、私、血が燃えるような気がしたの」

 則子が見ている前で、時枝は寝間着の中に手を入れて乳房を触りながら語り続ける。

「いやな思い出だけど、ないよりよかった。なんにもない人生よりは、よかったわ」

 時枝の言葉が後押しになったのか、則子は心を決めて北川と渋谷のラブホテル街へ向かう。プロデューサーの堀川敦厚(とんこう)は山田太一の原作小説を読んだ感想を次のように記している。

「この小説は、伝統的な幸福論に支えられてきた日本の家庭の内実が、すでに崩壊しはじめている様子を、主婦・則子の恐ろしいほどの孤立感の中で描いたものだ。それまで誰も疑わなかった家族の意味が形骸化していることを、主婦の側から暴いている」(志賀信夫『映像の先駆者125人の肖像』)

 なお、八千草薫のキャスティングは彼女の大ファンである山田たっての指名であり、過激な役柄ゆえ一度はオファーを断った八千草を直接説得して出演にこぎつけた。山田は後に「いい作品だなどといわれたけど、ほんとは八千草さんがいいのである。八千草さんじゃなかったら、どうなっていたかわからない」とエッセイで振り返っている(「遠い星の人」)。

→八千草薫さん追悼 永遠の清純派“すみれの花”の生涯を写真で振り返る

姉の中絶、父の売春斡旋、苦悩する弟

 娘の律子は専業主婦的な生き方を嫌っており、母親を見下す態度を取り続けていた。奔放な富豪令嬢の敏子(山口いづみ)と一緒にレズ行為やマリファナを体験し、彼女の紹介で知り合った白人の留学生と交際するが、男はあっさりと律子を捨ててしまい、彼の白人の友人が律子をレイプ。妊娠した律子は両親に隠したまま中絶手術を行う。

 仕事人間で家庭を顧みない謙作だが、会社の業績は悪く、武器である小銃の生産と輸出を手掛けるようになる。さらに会社の弱みを掴んだ何者かの要求によって、東南アジアの女性の人身売買に手を染めることになる。

 母親の浮気、姉の性的暴行と堕胎、父親の犯罪行為……すべて知ってしまった家族思いの繁は苦悩するが、次第に家族が取り繕いながら平穏な日々を過ごそうとしていることに苛立つようになる。12話では、久しぶりに家族揃って記念写真を撮ろうと提案する謙作に不機嫌を隠さない。

「ウチのアルバムなんてインチキだもんな。アルバム見ると、いつも四人一緒じゃないか。いつも四人で仲良く笑ってるみたいじゃないか」

 それでも多摩川の土手で並んで笑顔を見せる父、母、姉。その日の夜、ついに繁は怒りを爆発させる。母の不貞、父の悪行、姉の秘密、すべてを洗いざらいわめきちらす繁。飛びかかってきた謙作と殴りあいながら大声で「これが俺ん家さ! これが本当の俺ん家さ!」と叫んで、そのまま家を出ていってしまう。

 すでに家族はほとんど崩壊しているのだが、それでもまだ取り繕うとしようとするのがリアルであり、滑稽でもある。謙作は荒れるが、すぐに翌日の仕事の心配をしはじめるし、会社に行けば何事もなかったように仕事に邁進する。律子は繁の担任教師だった堀(津川雅彦)と交際するようになって明るく振る舞うようになる。そして、則子は以前と変わらず家の中で掃除をし続ける。

「さようなら! さようなら!」

 表向きは平穏を取り戻したように見える田島家に脅威が迫っていた。1974年9月1日、大雨によって多摩川が氾濫を始める。避難所へ向かう謙作と則子。家を出ていた繁も帰ってきた。いよいよ堤防が決壊しようとする時、謙作と則子は警察の制止を振り切って自分たちの家に向かい、どんなことをしてでも家を守ると宣言する。

「どんな思いでこの家を買ったと思ってるんだ。他に何がある? この家のほかに何があるんだ?」

 昭和ヒトケタ生まれで高度成長期に猛烈に働いてきた男にとって、最大の目標は一戸建てを建てることだった。家族の心が離れてしまった今、彼のよりどころは家しかなかったのだ。それが今、流されようとしている。

 しかし、則子は夫に対して「自分に罪はないの?」と初めて反撃する。いつだって仕事に逃げていたじゃないか、子どもとも自分とも向き合わなかったじゃないか、と。

「アルバムが大事だと言ったわね。アルバムが大事でも、本当の繁や律子や私は大事じゃないんだわ。あの綺麗事のアルバムとこの家が大事なんだわ!」

 それでも則子は、濁流に家が流される直前、混乱のさなかに「アルバムを取ってきたいんです。家族の記録なんです。かけがえがないんです」と叫んで、家族とともに家の中に飛び込んでいく。そしてバラバラになった家族が綺麗事の詰まったアルバムを抱え、大きく揺れる家の中で、繁をはじめ、家族全員が慣れ親しんだ家に別れを告げる。ダイニングテーブルに、食器棚に、部屋に、廊下に。

「さようなら! さようなら!」

 ついに家族が見ている前で、家が流されていく。この日、倒壊流出した家屋は19棟。翌日、家族で河川敷を歩き、流された屋根を見つけて出直しを誓い、中華料理を囲んで食べる田島家の四人。家とともに崩壊してしまった家族が、再生への一歩を踏み出した。この先、彼らが幸せになったか不幸になったかわからないようなテロップが流れてドラマは終わりを迎える。

 流される家の中で「さようなら、さようなら」と別れを告げるというのは、山田が取材で聞いた実際のエピソードである(涙を流しながらビールを家の中でまいたらしい)。当時の人々が抱いていた一戸建てのマイホームへの憧れは、現代の人々には希薄だと思う。だけど、家族が長い時間をともに過ごす家への思い入れは、きっと変わらないだろう。家の中のあらゆるものは家族の記憶とともにある。それが失われる悲しみは、はかりしれない。巨大な悲しみと喪失感が、バラバラになっていた家族をひとつに結びつけた。

 最後はやっぱり家族の思い出が詰まったアルバムが大事だったのだ、ではなく、「インチキ」であるアルバムにすがることしかできなかった家族の姿は悲しい。同時に、視聴者に自分の家庭、家族が「インチキ」じゃないかどうかを突きつけ、あるいは共感を呼んだ。家族はいいことばかりじゃない。血縁は不自由でもあるし、理不尽でもある。山田は家族というものについて、こう語っている。

「どこに行こうと家族の宿命性から完全に自由になることはできない。そういう関係があることは時に辛いし、悲しいけれど、時に心の安定にどれほど力になっているか知れないと思う」(プレジデントオンライン 前同)

 どどうしようもないほどわかりあえない家族でも、やりなおすことができるかもしれない。できないかもしれない。家族というものに対するリアルな辛辣さと希望が表れたドラマが『岸辺のアルバム』ということだろう。

『岸辺のアルバム』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

文/大山くまお(おおやま・ くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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