まるでコロナ予言のドラマ『アンナチュラル』街はマスク姿だらけ、テレビは「手洗い、うがい」と連呼
『アンナチュラル』は法医学ミステリーだが、同じようなジャンルのドラマと似てしまわないようにさまざまな工夫が凝らされている。最大の特徴は日本の推理ドラマの定型を崩したところだ。
野木はインタビューで次のように説明している。「推理ドラマの多くは、まず、事件の捜査パート、次に主人公のシンキングタイム、そして解決パートという流れなんですが、今回はそういったものをやりたくなかった」。実際、『アンナチュラル』には主人公が謎をとうとうと解説するような「解決パート」がない。野木は「クライマックスで事件説明を一切せずに済む物語構成」にこだわったと語っている(Plus Paravi 2018年6月5日)。
もう一つの定型崩しは、主人公・ミコトのキャラクターだ。野木曰く、ミコトは「一風変わった天才」でも「必死にがんばる新人」でもなく、「有能で仕事ができる“普通”の人」。打ち合わせの段階では主人公に際立った特徴を持たせたほうがいいという意見も出たが、あくまで“普通の人”にこだわった(Drama&Movie 2018年5月1日)。
これまで演じた役柄に比べて、抑えたトーンの演技を求められた石原は、ミコトのキャラクターについて「自分の意志をバンバン伝えて正義をふりかざすのが強いのではなく、ちょっと誘導してみるとか、受け取ってみるとか、受け流してみるとか、あえて聞かないとか。そういう強さは私自身、憧れている部分があるので、そういう人を演じられたらいい」と語っていた(エキサイトレビュー 2018年2月2日)。
死因の見えないこの国で、絶望してる暇はない
「死」を扱うドラマだから、残された人たちの哀しみはいつも大きい。第4話では過労による事故で亡くなった男性とその遺族、第5話では恋人を亡くした男、第8話では火災現場で人命救助を行って死んだ男の両親がクローズアップされた。ミコトも中堂も愛する人に遺された人だ。彼らの想いに被さる主題歌、米津玄師の「Lemon」の歌い出し「夢ならばどれほどよかったでしょう」が胸に迫る。
だが、過去を見ているばかりではない。第1話から繰り返されているのが、「法医学は未来のための仕事」という言葉だ。すでに亡くなった人の死因を調べる法医学だが、視線は「過去」ではなく「未来」に向かっている。不自然な死を解明することで、理不尽な死に直面する人々を救う。それがミコトをはじめとしたUDIラボの使命である。
実は『アンナチュラル』の企画書が野木自身によって公開されている。企画書にはこのドラマの意図することが明確に記されている。「死因究明による感動をゴールにしない」というポイントは、まさに「法医学は未来のための仕事」というフレーズとつながっている。いい話で泣かせて終わり、ではないのだ。
『アンナチュラル』が伝えようとしていることとは何か。企画書の部分を一部抜粋する。
「自殺も事故も他殺も、どれも不自然な死に変わりはない。不自然な死を見過ごすことは、私たちの未来を見過ごすのと同じことだ。絶望にまみれた時代だからこそ、死を嘆き美談にするのではなく、未来へつなぐ物語が必要なのではないか」
これはまさに今の話だと思う。大切なのは「感謝」やら「絆」やらの曖昧な美談ではなく、客観的な事実とそれを未来へとつなぐ物語。
タイトルの横についている仮のキャッチコピーは「死因の見えないこの国で、絶望してる暇はない」だった。これ自体、今の世界そのものにつけたようなキャッチコピーだ。古びないエンターテインメントはどんどん現実とリンクしていく。『アンナチュラル』は今観るべきドラマだ。
※『アンナチュラル』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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