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緩やかな自殺のように逝った父が大切にしていた青いカフス シリーズ「大切な家族との日々」

「父は厳しい人で、娘としてうっとうしいと思うこともありました。でも、介護して、たくさんのことがわかりました」

 今回は、父の最期を看取ったことで、その後の生き方が変わったという中山真弓さん(55才)の話をお届けする。中山さんは、介護することで親との関係を理解し、自分の子どもへの気持ちも見えてきたという。

趣味は盆栽、家事は一切しない昭和一桁の父

 中山真弓さんは会社員で夫と19才の娘と東京で暮らしている。2017年の8月、関西に住む厳しかった父、藤原静夫さんは84才で亡くなった。

「父は、地元の会社に就職し、役員になって70才前まで働きました。ずっと地元から出ることなく過ごした人です。一言で言うと真面目。昭和一桁らしく、封建的で家事は一切しませんでした。趣味は盆栽。田舎の長男だから、家族を守ることを大事にしていて、娘の私としては、けむたいと思ったこともありました」

 2017年の5月の始め、中山さんの父は、人間ドックで脊髄に影がありしっかり調べたほうがいいと言われて再検査になった。その後、家族にだけは深刻な状況かもしれないと伝えられた。東京から毎週実家に帰って病院に付き添った中山さんは父が急速に弱っていくのに驚く。

「5月末に検査のために入院しました。入院するときは普通に歩けたのが、その翌週にはゆっくりになり、その翌週には、杖をつかないと歩けなくなり、あっという間に弱っていきました」

病院は「平均寿命をこえているから、もう十分じゃないですか」と

 いつも威厳があった父が、医師の話を一緒に聞いてくれると心強い、と初めて弱いところを見せた。中山さんは、弟も自分も実家から離れて暮らしてきたけれど、これからはついていてあげなくてはいけないのだと思った。考えてみれば、こんなに家族が何度も集まったことは、何十年もなかった。

「検査の結果、悪性リンパ腫だろうということでした。悪性リンパ腫にもいろんな種類があって、どの抗がん剤が効くか検査しなければ治療を始められないが、父には検査を受けるだけの体力がないだろうと言われてしまいました。病院が『男性の平均寿命をこえてらっしゃるから、もう十分じゃないですか』と家族に言ったんです。それが今の安倍政権の方針だ、と」

 検査できないということは治療できないということだった。治療できないので退院してくださいと言われて一家はショックを受ける。

緩和ケア病院に転院して丁寧になったケア

「緩和ケアをしてくれる病院に転院したことは結果的にはよかった。それまでの病院では、看護師さんも忙しいし余裕がない。食事の中に薬を混ぜられたりすると父も嫌がっていました。

 緩和ケアの病院は、さすがに終末期を専門にしているところですね。看護師さんたちもちゃんと名前を呼んで、お風呂に入りましょう、気持ちよくなってよかったですね、とか言ってくれる。ひとつひとつのケアがすごく丁寧になりました。

 例えば、腹水がたまっても、前にいたのは病気を治療するための病院だから、ケアしてくれない。ターミナルケアの病院はお医者さんの方針がいかに快適に過ごせるかということに変わったから、腹水や足のむくみもなくなるようにしてくれたし、ペインクリニックで痛みのケアもしてくれました。

 看護師さんたちもみんなプロフェッショナルで、父は亡くなる日までお風呂にも入れてもらってシャンプーもしてもらっていました。みなさんベテランで何をするにも上手。パジャマを着替えさせるのも寝返りを打たせるのも、『私たちのほうが上手にできると思うんで』と親切に言って全部どんどんしてくださって。いい病院だったとありがたく思っています」

だんだんと食べることを拒否するようになっていった

 80才になる母にとって、自分で車を1時間運転して毎日父の入院している病院に通うのは大変だった。中山さんは、土日に有給休暇をつけて、ほぼ週1回のペースで東京から実家に戻った。若いときからずっと出張も多く、深夜残業することも当たり前の忙しい仕事についてきた彼女は、50代半ばになっていたからこそ、こんなに仕事を休むことができたし、親の介護をすることのほうが大事だと思えたのだと振り返る。しかし、静夫さんは緩和病院に転院したあたりから、あまり食べなくなっていった。

「病院の食事も食べないし、栄養食品とかヨーグルトとか、食べてもらいたいと思ってもいらないと。ただ、メロンだけは持って行くと最後まで食べてくれました。ひと口で食べられる大きさにカットして密閉容器に入れて病室に持って行っていたんです。

 だんだんと食べることを拒否するような感じになっていきました。後から考えると、あれは父なりの緩やかな自殺のようなものだったのではないかと思います。結局、緩和ケアの病院に転院してから、たった20日間で亡くなりました」

 静夫さんは年をとってから、「人の迷惑になってまで生きたくない」とずっと言っていた。もう治らないということがわかったときに、誰かの世話になって生きながらえることを、プライドが許さない、それが父の矜持だったのだろうと言った後で、中山さんは笑って付け加えた。

「それでいながら、いつも午前中に病院に行く母が、午後に行ったりすると怒るんです。私も、何かで行くのが遅くなったら、事故にあったかと心配するじゃないかとか言って怒られました。世話になりたくないといいながら、母にも私にも、来てもらいたかったんですよね」

自分で葬儀の段取りまで業者に依頼を

 ある日、病室に行った中山さんの弟は、父の静夫さんから葬儀業者を病室の枕元に呼ぶように頼まれた。

「弟が立ち合って、父が自分の葬儀の依頼をしたという話を後から聞いて、母も私も驚きました。自分が死んだら、自宅に帰らないでそのまま葬儀場に運ぶようにしてくれとか、段取りまで決めていたそうです。
 
 葬儀屋さんとの打ち合わせが、父がちゃんと話せた最後で、その後は痛みが出たので医療用麻薬を使うことになりました。担当医は終末医療の経験の多い、すごくいい先生だったので、医療用麻薬を使うタイミングもお任せしました。父は一度も痛いと言わなかったのですが、先生は『すごいですね。痛いはずなのにおっしゃいません。でもすごく痛いはずなので、痛みを取ってもいいでしょうか』と言ってくださったんです」

家族で手をさすったり呼び掛けたりして

 それから数日後、夜の10時ぐらいに病院から「こちらにいらっしゃったほうがいいです」という電話がかかってきた。

「私たちが着くまで1時間ぐらい、お医者さんが引き延ばしてくださっていたのかもしれないと思います。母と弟と私の3人で父の手をさすったり呼び掛けたりしているところで、静かに息を引き取りました」

東京の大学への進学も就職も、父の猛反対にあった

 厳しくて真面目で無口。娘にとってときにはうっとうしい存在でもあった父を介護した後、中山さんは後悔を感じるようになる。仕事一筋だった生活も少しずつ変わったという。今は、母が一人で暮らす実家に会社を休んで頻繁に通い、父が植物を育てていた庭の手入れをするばかりでなく、東京でも園芸や生け花を始めるようになった。

「私は、15才で高校に入るときに家を出て一人暮らしを始め、父からは口うるさく色々注意をされ続けていました。

 東京の大学に行くのもすごく反対されました。最後は父が折れて、4年間だけ東京に行くのを許してくれたのですが、女子大ということだけはゆずりませんでした。その後東京で就職したいと言ったら、父は話が違うじゃないかとまた猛反対。地元の県の公務員試験を受けさせられましたが、私はほとんど白紙で出してわざと落ちて東京で就職したんです。

 私が結婚し出産した後も忙しく仕事をしているのが嫌だったらしくて『女が働いて子どもを保育園に預けるなんて』『もっと娘のことをみてやれ』と文句を言っていました」

不器用な父にもっと親孝行をしておけばよかった

 自分がしたいことの前に立ちふさがるのが、いつも父であるように思ったこともある。

「でも、今思えば、最終的にはいつも父が協力してくれていたんですね。私が入りたいと言った今の会社へのコネを探してくれたのも父でしたし。

 本当は地元に帰って来てもらいたいけど、娘がやりたい仕事に就かせたいと考えたのだと思います。私自身も娘に対して同じなのだとわかりました。親が望むのは、子どもがやりたいことをすること、幸せになってくれることなんですね。

 そんな父に、私は半年ぐらい電話で話さないことだってザラだった。母親は電話してくることがあっても、父親は不器用だからそんなこともできないし。多分、寂しかったのだと思います。もっと会いたかったのだと思います。私は、若い頃なんて年に1回ぐらいしか帰らないこともあったし、最近でもお盆とお正月に帰るぐらいだった。もっと親孝行しておけばよかったと後悔しています」

 父の遺品から、20年以上前に中山さんがプレゼントした青いカフスが出てきた。

「母から『お父さん、真弓にもらったそのカフスを、とっても大事にしていたのよ』と言われて驚いたんです」と中山さんは、目に涙を浮かべて笑った。

取材・文/新田由紀子

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