連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第21回 兄、会社を休職】

 若年性認知症の兄と2人暮らしを続けるライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ。

 認知症発症後も社長や同僚の理解もあり会社勤めを続けてきた兄だったが、そろそろ限界か…。ついに社長からお呼びだしを受けたツガエさんがその顛末を明かします。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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兄の会社勤め。ついに社長から最後通牒か!?

 2019年の正月明け、兄妹揃って社長様からお説教をくらったあの日(参照記事:第15回)からも、わたくしは兄を出勤させ続けました。もう会社を辞めなければならないのは重々承知していましたが、もう少し…、あと少し…と更なる限界に挑みました。

 兄は、生産性がないどころか周りでフォローしなければならないマイナス社員であることも、そんな兄にお給料を出し続ける会社がこの不景気でどれだけが苦しいかもわかっていながら、会社側からは病気を理由に辞めろと言えないことにつけ込んだのでございます。

「せめてマンションの買い替えが終わるまでは」と心で手を合わせながら、兄を毎日会社に送り込んだわたくしを、社長様はどれだけ“厚かましい妹”と思ったことでしょう。でも社長様は見事、期待に応えてくださいました。仏様のようです。

 思えば、社長様との攻防は、兄が認知症と診断された頃から事あるごとに重ねてまいりました。そう、「妹さんも頑張って」と励ましていただいた初期のころから、1年を経過すると「お兄さんのことでちょっとお話しが」と呼び出されたことが何度かありました。

「いや~、もう正直言ってやってもらう仕事がないんですよ」とぼやかれる社長様に、「毎日通うことが病気の進行を遅らせることになるので、お給料は要らないので、通えるうちは通わせてもらえませんか」と交渉するわたくし。

「お給料を出さないわけにはいかない。でもはっきり言ってもう3年前から仕事ができてないですからね」と言われたその半年後に「じつは5年ぐらい前から仕事になってないんですよ」と前回より年数が増えていく社長様の言葉にも、ひたすら「お給料なしでもだめですか?」と食い下がっておりました。

 そしてマンション売買が終わったころ、社長様から「そちらの最寄り駅まで行きますからお時間ください」とお電話をいただいたのです。

 約束の日、ジリジリと暑い昼下がり、駅前のカフェで社長様と差し向かい、アイスコーヒーを飲みながらの改まったお話しでした。

「これまでできる限り減額もせずにお給料は出してきたつもりですが、報酬を下げたい。それと通勤途中で何かあれば責任問題にもなりますから、通うなら妹さんに念書を書いてもらいたい」とのことでした。

 わたくしは正直、最後通告だと思っていたので、むしろラッキーだと思い、胸の内で「減額ありがとう!念書なんていくらでも書きまっせ!」と喜んだのでございます。

 流石、社長様は仏様。慈悲深いリーダーに恵まれて兄は幸せ者だ~と胸を撫でおろしていたところ、1か月もしないうちにそれが一瞬の幻だったと知りました。

 改めてお電話があり、「経営を圧迫している。デメリットの方が大きい。もう限界はとっくに超えている。会社が傾いている。忙しいのに人が増やせない」と切々と訴えられました。きっと社長様は優しい方なので、わたくしに面と向かっては言いたいことが言えなかったのでしょう。この日は決死のお電話だったのだと思います。

 幸い、引っ越しも終わっておりましたし、もう食い下がるつもりもなかったので大人しく「長い間ありがとうございました」と申し上げました。

 その日、帰宅した兄には「とりあえず今週いっぱい休んでいいってさ」と告げました。

 兄も何かを察したのか「へぇ~そうなんだ。はい」といい、その日を最後に会社には行かなくなりました。

 そうです。だから今日も兄は家にいます。ずっといます。毎日います。テレビを見ています。朝から晩までず~っと見ています。じつはこうなって、もう3か月が過ぎました。いや~まいった。兄の存在が想像以上にうっとうしいのでございます。

つづく…(次回は1月2日公開予定)

文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
第15回 社長様のお説教
第16回 住所が書けない
第17回 マンション買い換え
第18回 引越しは大格闘スペクタクル
第19回 兄、新居を覚える
第20回 認知症は世間話が上手?

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