死を招く「脈拍(不整脈)」|1分間で75回以上は要注意!正しい脈の測り方
23億回。これは人間が一生の間に打つ脈拍の回数だとされる。必要不可欠であるのに、私たちはあまりに無頓着だ。しかし、脈の音に耳を澄ませば大きな病気を予防し、健康を保つことができる。薬も運動も必要ない、測るだけで健康になる、とっておきの方法をお伝えします。
心拍数と寿命には相関関係がある
《高血圧に薬は不要!?》《ポリフェノールで血圧を下げる》《高血圧を防ぐDASH食》──テレビや雑誌の健康特集で「高血圧」の危険性や改善策は、しばしば指摘されている。しかし、血圧と同じく心臓や血管にまつわる数値なのに、「脈拍」にはほとんどスポットが当たっていない。
実は、脈拍には体が発する重要なサインが隠れているのに、多くの人はそれに気づいていないのだ。
済生会熊本病院循環器内科医師の奥村謙さんが言う。
「近年、高血圧への意識は高まり、自宅で血圧を測る人も増えています。ただ、血圧だけでなく、脈拍も気にしてほしい。大きな病気の予兆は、脈拍に表れることが多いため、脈拍数の多寡やリズムが正常かどうかを把握することで、重い病気を予防することもできるのです」
実際、心拍数と寿命には相関関係があるとされる。脈拍が速い人は、脳卒中、心筋梗塞、突然死が多いことが複数の調査結果から示されているのだ。
福岡県田主丸(たぬしまる)町で行われた住民検診の結果によれば、脈拍数が1分間に60~69回のグループの人が最も長生きで、それ以上増えると死亡率が高かったという。
アメリカの高血圧患者約4500人を36年間追跡した調査でも、心拍数の増加に伴い心臓病死する割合が高くなるという結果が出ている。
さらに、帝京大学医学部教授で医師の大久保孝義さんによる調査(2004年発表)でも、脈と寿命の関係が明らかになった。大久保さんが言う。
「日本人の男女1780人に定期的に家庭で安静時に脈拍数を測ってもらい、10年にわたって追跡調査をしたところ、脈拍数の平均が70回/分以上の人は、病気で死亡するリスクが高くなることがわかりました。さらに、脈拍数が75回から80回、80回から85回と、5回ずつ上昇するごとに、脳卒中や心筋梗塞などで死に至るリスクが17%ずつ上昇していたのです」
心拍数が1分間に70回以上の人はそうでない人よりも心臓病による死亡リスクが約2倍になるという。血圧が正常値内であったとしても、心拍数が多ければ、心臓や血管にまつわる病気や不調のリスクは高まる。
一方で、小川聡クリニック院長の小川聡さんは「適正な脈拍数には個人差がある」と話す。
「高血圧や糖尿病などの持病がなく健康な人の場合、安静時に1分間で60~100回の範囲内であれば、“異常なし”とされていて、普段から脈拍数が速めだからといって、すぐに病気になるわけではない。ただし、脈拍が100以上の『頻脈(ひんみやく)』や、50以下の『徐脈(じよみやく)』は不整脈と判定されます。普段は脈拍数が平均値の人が急に多くなったり、脈打つリズムが乱れたりなどの不整脈は、ケースによっては命にかかわることもある。普段から自分の脈拍に気を配ることは、長生きのためには必要不可欠です」
女性の方が不整脈になりやすい
「不整脈」とひと言でいっても、命にかかわらないものから、突然死につながるものまでさまざまだ。そもそも、不整脈とはどんな状態のことを指すのか。
「微弱な電気が規則的に心臓の筋肉に流れることで、ポンプのように筋収縮が起きて、全身に血液が送り出されます。この電気系統に問題が生じ、脈が乱れたり、異常に速くなったり遅くなったりする状態を不整脈と呼びます。よく、脈が跳ぶといいますが、“ドッドッ、…ドドッ”といったふうに脈が抜けてしまうことがあります」(小川さん)
時々脈が跳ぶような不整脈は、重篤な循環器系の病気を持つ人だけでなく、健康な人にもしばしば起きる現象だ。
「特に、不整脈で最も多いのは自律神経の乱れが原因で起きる『期外収縮』という症状です。動悸や息切れを訴える患者さんがいます」(小川さん)
この症状は、女性の方が多く出やすいという。
「心臓を動かす電気信号は、自律神経によってコントロールされています。そのため、ストレスや飲酒、過労、カフェインの摂りすぎなどのほか、ホルモンバランスが崩れることで不整脈が出ることがある。生理のタイミングや更年期で不整脈を訴える女性も多くいます」(小川さん)
「期外収縮」に代表される不整脈は多くの場合、命にかかわるようなことはないという。それでは、どういった場合が「死に直結する不整脈」となるのか。
心房細動は予兆なく忍び寄る
奥村さんは、「重い病気につながる不整脈」として「心房細動」に最も留意すべきだと話す。
「心房細動とは心臓の電気系統に異常が起こり、心臓の上半分の『心房』が、けいれんを起こしたように動く状態のことを指します。それに伴い、脈拍も不規則で速くなる。心房がけいれんすると、心房内で血液が淀んでしまい、『血栓』と呼ばれる血の塊ができやすくなります。その血栓が心房の壁からはがれて、血流に乗って脳の血管に詰まることで、大きな脳梗塞が起きてしまうのです」
心房細動の患者数は高齢者を中心に増加傾向にあり、現在、定期検診の心電図検査で診断された患者数は約80万人。20年後には100万人を超えるとされている。
「心房細動が引き起こす脳梗塞である『心原性脳塞栓症』は重篤化しやすい。高血圧も脳梗塞の原因になりますが、心原性脳塞栓症と比べると、症状もさほど重くならず、社会復帰できるかたも多い。一方、心房細動が原因の心原性脳塞栓症は、そのまま亡くなるかたや重い後遺症が残るかたが多い。社会復帰できるのは約3割だといわれています」(奥村さん)
特におそろしいのは自覚症状や予兆がなく、突然発症して倒れることもある点だ。プロ野球の長嶋茂雄氏や、故・小渕恵三元首相を襲った脳梗塞も、心房細動によるものだ。
脳梗塞になりやすい人
小川さんによれば「脳梗塞になりやすい人」は統計的にわかっているという。
「高血圧、糖尿病、75才以上の高齢者、心臓の機能が低下している人、脳梗塞になったことがある人などは、リスクが高い。脳梗塞の発症を防ぐ治療もあるので、リスクが高い人は一度検診を受けておくことをおすすめします」(小川さん)
心電図・レントゲン・超音波検査で診断できるため、不安やストレスから不整脈を招かないよう、受診するのも1つの選択肢として胸に留めておいてほしい。
朝起きたら、布団の中で手首を掴む
大事なのは、不整脈を早めに発見し、必要に応じて病院にかかること。専門医たちは「そのためには普段から自分の脈を知っておいてほしい」と口をそろえる。それでは、自分の脈拍を正しく知るためにはどうすべきか。小川さんが解説する。
「朝起きてすぐに安静な状態で、脈を測ることを習慣づけてください。利き手の人差し指、中指、薬指の3本の指を、反対側の手首の内側の親指の付け根あたりに当てると、脈を感じることができるはずです。この時、親指は手首を支えるようにそえてください。30秒間の脈拍数を数えて、脈拍数に2をかけた数値が、1分間の脈拍数です。脈が規則正しいリズムかどうかもチェックしましょう」
トイレに行くなどして動き回ったあとに測ると数値が高くなるため、気をつけたい。
最近は脈拍数も表示される血圧計が多くなっているが、それでは脈のリズムはわからない。自分のリズムを知るためにも、実際に脈を手で触れることが重要だ。毎日継続して計測し、数値が変動した場合、注意が必要だという。
「心房細動では、心房がけいれんし、心室の拍動数も増えることが多いので通常の脈より速くなることが多い。普段の脈拍数が70回/分の人が、急に90回/分以上に上がったら心房細動のサインかもしれません。リズムにも注意してほしい。脈打つリズムがバラバラのパターンも心房細動の可能性が高い。脈を測ろうとしても、うまく数えられないと話す患者さんもいました」(奥村さん)
発作的に動悸や息切れを感じるが、すぐにおさまるケースも注意が必要だ。
「10分くらい動悸が激しくなったあとに自然におさまるような状態が毎日起きる人もいれば、週に1回や月1回という人もいる。頻度と持続時間は人によりさまざまです。これを繰り返すと、多くの場合は回数が増えて、持続時間も長くなっていく。10年経つ頃には半分の人が、常に心房細動が起きている状態になってしまう。すると体が慣れて動悸を感じなくなり、より発見しづらくなります。その結果、脳梗塞のリスクも高くなっていくのです。脈拍数を毎日チェックし、心房細動を早期発見して早めに治療してほしいです」(奥村さん)
おかしいと思ったら、その時点ですぐに脈をチェックしてほしい。
「その場で脈拍数やリズムをメモしてください。常に不整脈が出ている患者さんは、病院で心電図をとればすぐに診断できますが、時々発作的に起きる不整脈はなかなか難しい。そんな時は患者さんのチェックが大事になるので、普段から測り慣れておくことが重要です」(小川さん)
生活習慣の改善が大切
定期的に脈を測ることと同じくらい大切なのは、生活習慣を改善することだ。豊橋ハートセンター循環器内科医師の坂元裕一郎さんは「基本的には、糖尿病や高血圧など生活習慣病の予防と同様です」とアドバイスする。
「高血圧や糖尿病といった生活習慣病が、不整脈に関係していることは間違いありません。規則正しく生活して、一般的に健康的とされる食生活を心がけることが予防につながります。過度の飲酒も避けた方がいい。自律神経のバランスを崩しやすくなり、不整脈を起こしやすくなります」
脈を安定させるためには適度な運動も必要だ。
「交感神経の高ぶりも不整脈につながりやすいので、交感神経を抑える効果のある迷走神経を強くするために、少し息が上がるくらいの運動をするといい。おすすめは1日30分、速足でのウオーキング。ジムならエアロバイクもいいでしょう。逆にNGなのは、息をこらえながら行う無酸素運動です。例えば、スクワットやダンベル運動などは避けるべきです」(小川さん)
気になることがあれば、一度専門医にかかるのも手だ。
「ほとんどの不整脈は健康に問題ありません。ですが、気になることがあれば自分で判断せずに、何が原因なのか、本当に問題がない不整脈なのか、調べた方がいい。不整脈を起こすような病気は、多くが治療できるようになってきています。また、日本不整脈学会に登録された専門医の診断を受ければ、自分の脈拍の特徴も明らかになるため、病気や不調のリスクもわかります」(小川さん)
脈は心臓の鼓動そのもの。自分の体の声に、耳を傾けてほしい。
※女性セブン2019年9月26日・10月3日号