高齢者に筋力アップをもたらした「“筋肉貯金”プログラム」とは?
「筋肉は裏切らない!」のキメゼリフで大ブレイクしたNHK「みんなで筋肉体操」。この番組で体操指導を担当する近畿大学 生物理工学部准教授の谷本道哉さんがデイサービス施設で『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』を指導。平均年齢87歳の高齢者10名が約2ヶ月強続けたところ、なんと半数の人に筋力アップが見られたという。
この成果が注目され、『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』はNHK「ひるまえホット」で紹介されるなど、話題を呼んでいる。
「アクティブデイ成城」の運動プログラムを続けて車椅子から歩行器に
谷本さん考案の『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』を実践しているのは、東京のデイサービス施設「アクティブデイ成城」だ。この施設は、食事と運動の両面から高齢者の健康を積極的にサポートすることを特徴としている。
この施設の利用者はスタッフのサポートのもと、それぞれの体調や体力に見合った運動をランチ後に1時間から1時間半ほど行う。とくに人気があるのは、天井に固定されたロープを使って行う「レッドコード」と呼ばれるエクササイズ。ロープで上半身を支えられるため、体を大きく動かして関節の可動域を広げるなどの効果がある。
このデイサービスで運動を始めたことで、体力がついたという利用者は多い。
以前は車椅子を使っていた80代後半の女性は「アクティブデイ成城」で運動するようになってから歩行器で歩けるようになった。施設内ではスタッフが手を引けば歩行器なしで歩くこともある。約半年間の入院で体力が落ちてしまった80代前半の男性は、最初は軽い運動が精一杯だったが、今では体を楽に動かせるようになった。
シニア向け“筋肉貯金”プログラム 3つのトレーニング
このような運動プログラムの一環として、「アクティブデイ成城」では2019年3月から、谷本先生が考案した『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』を取り入れている。
「きちんと筋トレすれば、何歳であっても筋肉はつくんです。1セットの回数は10〜15回で、週2〜3回が目安。これは高齢者も若者も同じです」(谷本先生)
『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』は、2種類の筋トレと1種類の動作トレーニング(以下、動作トレ)を組み合わせたもの。動作トレはスポーツの動きを応用したもの。即座に動きが軽くなるので、高齢者でも取り組みやすい。
筋トレ1:テーブルスクワット
下半身、とくに太ももの前側とお尻の筋肉を鍛える。ここに筋肉がつくと、椅子やベッドからすっと立ち上がれたり、スタスタ歩けたりする。
(1) 安定した台(テーブルや流し台など)に向かって、足を自然に開いて立つ。
(2) 台に両手を添えて、背筋を伸ばしてお尻を後ろに突き出し、おじぎをするように2秒間かけてできるだけ深くしゃがむ。
(3) 手で補助しながら2秒間かけて立つ。
(ワンポイント)膝を少し開くと、腰が丸まらず深くしゃがめる。
※転倒する可能性があるため、アクティブデイ成城では椅子を後ろにおくなど、それぞれの体力に合った方法で実施している。
筋トレ2:テーブル腕立て伏せ
上半身のうち、胸、肩、腕の裏側を鍛えるトレーニング。これらの筋肉がつくと、物を持つ動作や体を支える動作が楽になる。
(1) 安定した台(テーブルや流し台など)に向かって、足を自然に開いて立つ。台と体が離れるほど負荷が大きくなるので、体力に合わせて調整する。
(2) 台に両手をつき、2秒間かけて胸を台につける。
(3) 片脚を前に出し、脚の力も使って腕を伸ばす。
(ワンポイント)腕を曲げるのがきつい人はテーブルに近づき、膝を少し曲げて行う。腕を伸ばすときは、脚を大きく前に出すほど楽になる。
動作トレ:反動をつけて立つ
動作トレーニングとは、筋肉に瞬発的な力を発揮させる訓練。筋トレと合わせて行うと筋肉がうまく働くようになり、体をよりスムーズに動かせるようになる。
(1) 椅子に座り、体を後ろに反らせる。
(2) 勢いをつけて前にかがみ、「よいしょ!」と言いながら勢いよく立つ。
(ワンポイント)前かがみになるときの反動を使い、できるだけ速く立ち上がる。
『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』のスケジュール
筋トレと動作トレは同じ日に行う。次のようなスケジュールで週3回を目標に。
1週目:(テーブルスクワット5回+テーブル腕立て伏せ5回)×2セット+動作トレ5回
2週目:(テーブルスクワット8回+テーブル腕立て伏せ8回)×2セット+動作トレ5回
3週目:(テーブルスクワット10回+テーブル腕立て伏せ10回)×2セット+動作トレ5回
4週目以降:(テーブルスクワット12回+テーブル腕立て伏せ12回)×2セット+動作トレ5回
高齢者も限界までチャレンジ!
「アクティブデイ成城」利用者が、このプログラムを取り入れる前と約2ヶ月後の筋肉量を比較したところ、10人のうち5人の筋力がアップしていた。「アクティブデイ成城」代表の杉本恵子さんもその変化を感じている。
「『“筋肉貯金”プログラム』に取り組んでいるお客さまは、トイレなどにいらっしゃるときの行動が以前よりもスムーズになったようです。私たちが手を引いて歩行をサポートすることも前より減りました。谷本先生から直接ご指導いただけたことも、皆さんの励みになっているようです」(杉本さん)
谷本先生は高齢者に対しても若者やアスリートと同様に指導していた。つまり「限界まで追い込め!」だ。
「筋トレは基本的に、その人の限界まで行うものです。ただ、筋肉にかける負荷を体力に合わせてうまく調節すればいいんです」(谷本先生)
このプログラムに参加した人からは「体を動かすのが楽になった」「歩きやすくなった」「どこかに行きたい」という声も寄せられているそう。
「歩くのが遅いので外出をためらっていたという方がお孫さんと出かけられたとか、おしゃれする気持ちを思い出してシューズを新しくしたなどというお話を聞くと、私たちも本当にうれしいです。
『“筋肉貯金”プログラム』は簡単ですし、トイレやキッチンに行くときなど、いつでもできます。ちゃんと成果を実感できるからこそみなさんが続けているのだと思います。私たちも『アクティブデイ成城』のメニューとして、安全に配慮しながらこれからもしっかり継続させていくつもりです」(杉本さん)
メイン+前菜でたんぱく質をプラス
『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』のもう一つのポイントが食事。とくに重要なのがたんぱく質の摂取だ。
「アクティブデイ成城」のスタッフは管理栄養士または栄養士の資格をもっているため、栄養バランスに優れているのはもちろんのこと、ランチもおやつもほぼすべてが手作り。高齢者が食べやすいよう工夫をこらしているため、食事を楽しみに通う人も多いという。
「ランチは手作りのにんじんジュースから始まり、前菜、メイン料理、ごはん、汁物とコース仕立てでご提供します。高齢になると食が細くなり、筋肉のもととなるたんぱく質が不足しがちです。それを補うために、メインの魚や肉のほか、前菜に豆やツナ、チーズなどたんぱく質を含む食品を使うようにしています」(杉本さん)
ギリシャヨーグルトで筋肉合成のスイッチをオンに
食後には、これまでは手作りヨーグルトを出していたが、『シニア向け“筋肉貯金”プログラム』を始めてからはギリシャヨーグルトも取り入れるようになった。ギリシャヨーグルトとは、プレーンヨーグルトの水分を切って濃縮したもの。食べきりサイズの1パック(100g程度)に約10gと、通常のヨーグルトの約3倍のたんぱく質が含まれている。
谷本先生も、おやつでのたんぱく質摂取を勧めている。
「たんぱく質を構成するアミノ酸の一種『ロイシン』には、筋肉の合成のスイッチを入れる役割があります。スイッチを入れる回数が多いほど筋肉の合成が進みますから、1日3食のほかに、おやつでもたんぱく質補給をするのは非常に有効です。
また、昼食と夕食はたんぱく質を比較的しっかり摂れるのですが、朝食ではたんぱく質が不足しがち。卵、ギリシャヨーグルト、カニカマなど、手軽に食べられるもので動物性たんぱく質を補うとよいでしょう」(谷本先生)
「何歳になっても、筋肉は裏切らない!」。この言葉を信じて運動と食事を意識しながら、筋肉貯金を始めてみるのもよさそうだ。
取材・文/市原淳子
●筋トレとあるものを組み合わせると「筋肉を作るスイッチが入りっぱなしになる」!?