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連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<14>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」に訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿であるB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」へは、早めに到着。荷をほどき、早速、大聖堂を目指す。カテドラルは土地の谷底にそびえ建っていた。神聖なる聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!そして、ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上した。宿に戻り、歓待してくれた主人夫妻にも自著を渡し、日本の本の読み方などを説明しながら楽しいひと時を過ごす。そして、早めに床につくのだった。

→第13回までを読む

(2017/4/11 セント・デイヴィッズ)

VI そして、「奇跡」は起きた【1】

●サマータイム論  

 早朝4時に目が覚めた。

 きっちり目が開いた感覚だったのでこれ以上眠れないのはよくわかった。

 時差のせいだ。逆らわないほうがいい。睡眠時間は十分とれたはずである。外はまだ暗い。サマータイムだから、そうは早く明るくならないだろう。

 私がウェールズに来る2週間近く前である3月の下旬からイギリスはサマータイムに切り替わったと、スキポールからカーディフまで乗ったKLM(飛行機)の隣の席のおばちゃんが話してくれたな。

 1時間、時を進めるわけだが、このおかげで夏場は遅くまで明るい。

 夏至のころなどは夜10時くらいまで真っ暗にはならない。

 ロンドンにいたとき、この良さは散々堪能した。ただし、サマータイムのツケは朝に来る。時を1時間先にズラしているわけだから、そのぶん朝はいつまでも暗い。夏場でも薄暗い朝の6時にびっくりしたことがある。

 要するに朝を犠牲にした陽の長さがサマータイムだ。つまりこれは朝を遅くしてでも、少しでも夏の陽を長くしたいと切望する緯度の高い国に暮らす人々のもの、なのだ。

 この点、夏場と冬場の昼夜の長さの差が北欧やイギリスほどに極端ではない中緯度の日本では、サマータイムは全く必要ない。

 第一、そんなことをしたら、我々の伝統的文化が破壊されてしまう。

 日本人は、たとえば早く夜が明ける夏の、草木の葉に宿る朝露の美しさ、あるいは次第に早まる秋の日暮れの寂寥感など、四季折々の繊細な移り変わりをずっと愛でてきた。

 祭りや行事など歳時を重んずる意識、和歌や俳句に込められた繊細な四季の情感は、昔も今も変わらない時の流れの中にあってこそ、味わうことができる大切な我々の精神的文化的遺産なのだ。

 しかるにサマータイムをさらなる経済活性化のためと、いかにももっともらしいお題目を唱えて、日本にも導入せよという意見が一部の政治家や経済人から間欠泉のように現れては消え、また現れる。

 まったく、何もわかっていない。連中にまかせたら、我々が一番大切にしている「日本」が消えてしまう。

 とまあ、早く起きると、ついいろいろ考えたりする。

 ●バスを信じられるか?

 さて、本日はセント・デイヴィッズを発って、ペンブローク城に向かうのである。

 この間は距離的にそんなに遠くはなく、バスで行くことができる。ただし、ここからペンブロークまでの直行バスはない。

 ティー・ヘリグの前のバス停セント・デイヴィッズ・スクールから、行きに乗ってきた「411のバス」に乗ってハーバーフォードウェスト・バスステーションまで戻り、そこで「348のバス」に乗り換えてペンブローク・カッスル(Pembroke Castle)のバス停で降りる。

 つまり、バスを乗り継いでいくことになる。

 ハーバーフォードウェスト・バスステーション まで約45分、そしてそこからペンブローク・カッスルまで同じく約45分、つまりアバウトに見積もってもバスに乗っている時間は2時間弱という具合である。

 ただし、乗り換え地点のハーバーフォードウェストバス・ステーションで時刻表通りに「348のバス」が来るかという懸念がある。

 ここまで私は何の時間の遅れもずれもなく電車やバスに乗り、予定通りセント・デイヴィッズに来て、ティー・ヘリグに宿泊できた。

 さすが、公共交通の国イギリスである。しかし、この先もそうだとは限らない。

 日本でWEBで手に入れたバスの時刻表通りだとすると、私がセント・デイヴィッズ・スクールのバス停11時3分発の「411のバス」に乗れば、ハーバーフォードウェスト・バスステーションでほとんど待ち時間なく「348のバス」に乗れるはずである。

「411」も「348」もハーバーフォードウェスト・バスステーションの同じ5番スポットに止まるから、降りたら移動せずにそのまま待って入ればいい。

 しかし、ほんとうに時刻表の通りに乗り換えできるかは何ともわからない。

「348のバス」は1時間に1本の間隔だから、運悪く乗り遅れると最大1時間バス停でポツンと待つことになる。

 今日中にペンブローク城の見学を済ませたい私としては、1時間のロスは痛い。

●タクシーで行くという計画

 ならば11時3分のバスではなくて、もっと早いバスでここを発ったらいいではないか。

  しかし、私はこの町にもう少しゆっくりいたいのだ。大聖堂「セント・デイヴィッズ」に、朝のうちにもう一度行きたい。

 20年も行くのを思い焦がれたカテドラル。昨日はようやくジェラルド・オブ・ウェールズに会えた。

 今日はだから、中に入れなくてもいい。けれど、すぐそばでもう一度、カテドラルを見ておきたい。次はいつ来られるからわからないし、私だっていつまでも元気でいられる保証はない。

 グレッグに”Whenever I may die, I’m OK.”と冗談半分言にったが、実際、明日のことを知っているのは神様仏様だけである。もう一度、カテドラルを見ておきたい。これは来る前から決めていたことだった。

 ゆえに、私は11時3分より早いバスに乗る気はなかった。

 そんなわけで、バスの乗り継ぎに恵まれなかった場合も考えて、実はタクシーでこのセント・デイヴィッズからペンブロークで泊まるホテルまで行こうと考えていた。

 その場合、宿の『オールド・キングス・アームズ・ホテル(Old Kings Arms Hotel)」にはチェックインできる14時のだいぶ前に着くことは確実だから、とりあえずスーツケースだけホテルで預かってもらって、その足でペンブローク城に向かうつもりだった。

 問題はタクシーでいくらかかるかだが、これもWEBで事前に調べていた。セント・デイヴィッズからペンブローク城まではだいたい70~80ポンド、チップを入れて日本円で10000円~13000円というところである。

 カーディフからハーバーフォードウェストまでの電車の往復料金の1.5倍ほどだ。

 まあ、高い。が、なにぶん日程に限りのある特急の旅である。ここでケチって見るべき大事なものを見られなかったら何にもならない。

 お金を使うときは使う。そう割り切ってセント・デイヴィッズからペンブロークまではタクシーで行こうと、私はハナから決めていた。バスではなく。

→15回を読む

→このシリーズのバックナンバーを読む

桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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