《介護施設のレク担当として活躍》パッション屋良さんが沖縄にUターンして働き始めた理由「介護施設に非日常を」
沖縄出身のお笑い芸人・パッション屋良さん(50才)は現在、介護施設のレクリエーション担当として働いている。2005年「情熱的な体操のお兄さんキャラ」でブレイクするも「生まれ育った故郷に戻るべきか」という葛藤を抱えていた――。パッション屋良さんの選択とは?【全3回の第2回】
沖縄に帰るべきか…背中を押してくれた出川哲朗さんの言葉
――沖縄に戻るかどうか、決めてとなったことは何だったのでしょうか。
屋良さん:2005年にブレイクして数年は忙しくしていましたが、2010年頃から徐々に落ち着いてきていて。仕事がなかったわけではないのですが、2011年に東日本大震災が起きて、エンタメ業界も大きな影響を受けました。自粛ムードというのもありましたし、自分の中でもかなり大きな出来事でした。不可抗力で“場”が奪われるのかと。
その頃、妻は先に沖縄に戻って子育てをしていたので、ぼくは東京と沖縄を往復する生活。2拠点のどちらでも仕事が生まれる環境を作れたらな、という理想がありつつも、自分の力量ではどっちも中途半端状態でした。
そろそろどちらかに絞らなきゃダメだなと感じている時に2人目の子供ができたこともあって、沖縄に軸足を移そうと。
決意はしたものの、自分の中ではどうしても“都落ち”感が拭えない。葛藤がなかったとは言えません。でも、事務所の先輩である出川哲朗さんが「いいんじゃない、別に。どこでやったって、1番になればいいことだから」とあっさり言ってくれて、吹っ切れました。背中を押してくれた、ありがたい一言でした。
――沖縄に戻ってからどんな仕事をされていたのですか?
屋良さん:沖縄で稼ぐのは、想像以上に大変でした。まず仕事の数が全然違います。やっぱり東京のキー局とローカル局ではとてつもなく大きなギャップがあって、出演料もゼロが1個2個違って「マジか」みたいな。
そういう状況で、多少なりともお笑い芸人、タレントである自分ができることは何だろうと考え、まず芸能の事業をやる会社を作りました。“地産地笑”として、パッション屋良が沖縄を応援するという企画でお仕事をいただいたりもしましたが、それだけじゃ食えない。並行して、お笑いのイベントをやろうと思って、手伝ってくれる人を募ったら、怪しい人に怪しい人を紹介されて、お金を持ち逃げされて、借金を背負うハメに…。
それまでの芸能生活では、事務所の人たちとか、周囲のスタッフさんがぼくをいろいろな形で守ってくれていたんだなと。そういう意味でぼくは全部任せっきりで、ビジネスとして人を見る目が全然なくて、世間知らずでした。
パーソナルジムの経営から介護の仕事に出会うまで
――そこからどう立て直されたのでしょうか。
屋良さん:パーソナルジムと出会ったことが功を奏しました。ずっと肉体系のキャラで活動していたので体は鍛えてきたのですが、沖縄に戻ってからは車生活であまり歩かないし、飲みに行った後は〆にヤギを食べて…そんな生活をしていたら、1年で20kgぐらい太ったんです。これはマズいと思っていたとき、パーソナルジムをやっている知り合いからモニターをやらないかという誘いがありました。
やってみたら、みるみるダイエットに成功して。これなら自分もできるかもしれないと、2017年に名護市でパーソナルジムを開業しました。
ジムの仕事は軌道に乗り初め、今担当している会員さんは30~40人の会員様がいらっしゃいます。お客様に介護施設で働いている人がいて、ある日「パッションさん、高齢者向けの体操とかできない?」と。介護施設で利用者のかたにレクリエーション活動を手伝ってほしいというんですね。
詳しい話を聞いてみると、レクリエーションは、身体・認知機能の維持や改善、交流を通して生活に楽しさ、潤いをもたらす活動のこと。ぼくにとっては未知の世界でした。これまで認知症のかたや、ひとりで生活することが困難なかたと触れ合う機会もなかったですし、目的をもってジムに来るかたの身体を見るパーソナルトレーナーとは全然違うわけで…。
「ぼくなんかで大丈夫ですか?」と不安だったのですが、「非日常を与えてくれたらそれでいいので」と。それならば、お笑い芸人としての経験がいかせそうだなと。30分とか決められた持ち時間に利用者さんを楽しませられたらいいのかなって。引き受けてみることにしたんです。
——レクリエーションで心がけていることはありますか。
屋良さん:施設のスタッフさんから「壁に向かって話しているぐらいの気持ちで」と言われたんですね。「壁」とはどういう意味かと聞くと、つまり「反応がなかったり、リアクションが薄かったりしても気にしないでくださいね」と。いやいや、むしろそれなら慣れてますよと(笑い)。駆け出し芸人の頃は、お客さんもまばらでまさに壁に向かって営業してるようなときもありましたから。お客さん、ぼくのこと見えてるのか、みたいな。
――体育教師、芸人、パーソナルトレーナー、介護施設では“体操のお兄さん”。パッション屋良さんの「根っこ」にあるものは何でしょう。
屋良さん:大学で学んだ保健体育の知識や運動の仕方なんかは、パーソナルトレーナーとしての経験にいきていますし、介護施設では、ピン芸人としての体操のお兄さんキャラは役だっています。振り返ってみれば、すべてつながっているかもしれない。
矢沢永吉さんが「職業、矢沢」って言うじゃないですか。おこがましいですけど、そんな感じ。お笑いもやるし、イベントの司会もする、パーソナルジムのトレーナーをやりつつ、高齢者に体操を教える。職業、パッション屋良(笑い)。「人前で何かを表現して伝える」ということが好きなんだと思います。(第3回に続く)
◆パッション屋良
1976年7月23日生まれ、沖縄県出身。国士舘大学体育学部卒業。高校の保健体育の教員免許を持つ。4児の父。情熱的な体操のお兄さん風のキャラクターに扮し、胸を激しく叩くリアクション芸「やらやらバンバン」で大ブレイク。2011年からは沖縄に拠点を移し、パーソナルジムの運営や介護施設のレクリエーション担当としても精力的に活動中。
取材・文/吉河未布
