「認知症の母に声を荒げて自己嫌悪…」戸惑いや葛藤を経て最初の一歩を踏み出すまで【認知症介護の心構えを社会福祉士が解説】
9月は認知症月間(9月21日は認知症の日)として、認知症についての関心や理解を深める取り組みが広がっている。認知症介護の当事者でもある社会福祉士の渋澤和世さんは「最初はまさかうちの親に限って…」と甘く考えていたという。自らの経験を振り返り、認知症介護を進める上で役立つポイントを解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
9月は認知症月間「認知症介護」について考えよう
2024年に施行された新しい法律(共生社会の実現を推進するための認知症基本法)によって、9月は「認知症月間」、9月21日は「認知症の日」となることが正式に決まりました。
認知症についての正しい知識を広めるだけでなく、「認知症になっても自分らしく安心して暮らせる社会をみんなでつくっていこう」という目的で全国的な取り組みが広がっています。
この機会に、私が親の変化に戸惑い、葛藤し、そして一歩を踏み出すまでの体験をお話ししたいと思います。今、親に対してどこか言葉にできない「小さなモヤモヤ」を抱えているかたに、この記事が届くことを願っています。
最初は認知症は他人ごと「まさか自分の親が…」
今でこそ、テレビの特集で「認知症の早期発見」や「介護離職」といった言葉を目にするようになりましたが、20年ほど前、私が親の介護をはじめた頃は、どこか遠い世界の出来事のように感じていました。しかし、現実は小さく着実な「違和感」の積み重ねから始まりました。
違和感は「ドカン」ではなく「ジワジワ」やってくる
認知症の症状と聞くと、家族のことがわからない、家への帰り道がわからないといった劇的な変化をイメージされているかたもいると思います。そのような事態が起きていないうちは、「まだ大丈夫」と考えがちですが、実際の変化は日常の中に紛れ込むようなものでした。
最初に「あれ?」と思ったのは、ある日実家に帰省して冷蔵庫を開けたときのことです。
冷蔵庫にはカビが生えたご飯が入ったお椀がいくつもあり、いつのものかわからないお総菜も出てきました。冷蔵庫の中身をきっちり把握していた母親の姿を知っているだけに、胸の奥が少しざわついたのを覚えています。
会話の中でも違和感が増えていきました。
自分の自慢話など同じ話を何回も繰り返し、「〇〇さんは元気?」という問いに答えても、30分も経つと、「そういえば〇〇さんは元気なの?」と同じ質問を繰り返すのです。最初は「歳をとって物忘れが増えただけ」と都合のいい解釈をしていました。
そのうち得意だった料理の味が変わり、品数が極端に減っていきます。役所からの手紙や未払いの請求書も溜まっている。同じものを買っくることも目立つようになりました。
振り返ってみれば、これらはすべて認知症の初期サイン(手掛かり)そのものでした。記憶力の低下だけでなく、計画を立てて順序立てて行動する「実行機能障害」があらわれていたのです。当時の私は、まだ自立して生活できているからと対応を先送りしていました。
「大声でイラつく自分」への嫌悪感
またある日、実家に帰省すると「通帳が見当たらないと」母がパニックになっていました。
「誰かが盗んだ」「泥棒が入った」と言い張る親に、「そんなわけないでしょう? 探せばどこかにあるよ」と。しかし、だんだんイライラしてきた私はついに感情が爆発してしまったのです。
「ちゃんと探したの、そもそも大事なものは場所を決めておくように言ったじゃない!」。大声で叫びながら壁を叩いていました。唖然とする母の顔を見てハッと我に返りました。
認知症の当事者は今まで当たり前にできていたことができなくなる恐怖を感じています。そんな状態のときに、信頼している家族から「正しさ」を突きつけられ、怒声で否定されたらどんなにつらいことでしょう。自分の正しさを押し付け、母の安心感を奪っていたのだと気づきました。
認知症の母への接し方を改めた3つのポイント
この失敗を経て、認知症について学びを深めるとともに、母との関わり方を180度変える決意をしました。心理学や介護の基本でよく言われる「認容」と「共感」の姿勢を心がけることにしました。ポイントは以下の通りです。
事実を正すのをやめる
たとえば「ご飯はまだ?」と聞かれたとき、「さっき食べたでしょ!」と正すのではなく、「今準備しているから、少し待ってね」と答える。
物盗まれ妄想には感情を受け止める
「泥棒が入った」と言われたら、「誰も盗んでないよ」と否定する前に、まずは「通帳がないと不安だよね。一緒に探してみようか」と不安な気持ちに寄り添う。
話の辻褄を合わせようとしない
話の整合性よりも、今この瞬間に親が穏やかに笑えているかを最優先にする。
「正しさ」を問うのをやめた瞬間、不思議と穏やかな時間を取り戻せるようになりました。認知症の予防やケアにおいて、最も強力なのは「否定されない安心感」なのだと身をもって知りました。
「まだ早いかも…」と躊躇せず地域包括支援センターへ
接し方のコツを掴んでもひとりで家族の介護を抱え込むことには限界があります。精神的な余裕がなくなるとどんなに気を配っていても再び感情的になってしまう瞬間が訪れます。そこで必要になるのが、「専門家(外部)の手を借りる」という決断です。
最初は、介護施設やサービスを使うことに後ろめたい、何とも言えない嫌悪感や罪悪感がありましたが仕事と親のサポートの両立には限界があります。
そして、地域包括支援センターに連絡をとったところ、担当者が自宅に訪問してくれて、今後どうすればよいか相談にも乗ってくれました。そこからの対応は非常にスピーディーでした。
要介護認定の申請手続きはもちろんのこと、かかりつけ医との連携、今後の生活環境の整え方など具体的にアドバイスをいただくことができました。
現在は社会全体で認知症の人とその家族を支える仕組みづくりが進められています。認知症は、もはや「家族だけで抱え込む問題」ではありません。
専門家を頼ることは、「親のため」であると同時に、「自分自身の人生を守るため」の積極的な選択です。介護をする家族が笑顔を失い、疲弊してしまっては、親にとっても幸せな環境とは言えません。プロの力を借りて適切な距離感を保つことで、家族だからこそできる笑顔のコミュニケーションを取り戻すことができるのです。
違和感を覚えたら今すぐ行動を
違和感を覚えた「今」こそが、はじめの一歩です。日頃のちょっとした違和感やモヤモヤを放置しないでほしいのです。
・あれ?と思ったら、否定せずに観察してみる。
・感情的に怒ってしまったら、不安なんだなと心の中で言い直してみる。
・まだ大丈夫と思っている段階で、地域包括支援センターに相談してみる。
早期に気づき、現実を受け入れ、勇気を持って周囲に助けを求めること。それが、大切な家族と自分自身への確実な一歩になります。
