アスリートのメンタルトレーニング術に倣う「苦しいときこそ笑顔」「オッケー」「な~んちゃって」
顔のケアを頑張っているのに、気分がふさいで笑えない…。表情の善しあしには、メンタルの状態も影響しています。そんなとき、どう気持ちを切り替えたらいいのだろうか。シビアな勝負の世界で戦うアスリートの精神面を支えるスペシャリストに、その方法を教えてもらいました。また、アプリを活用して笑顔を解析すると表情や肌質もアップするといいます。まだまだ続くコロナ禍ですが、メンタルトレーニング術で気持ちを上げて、美肌を手に入れましょう!
アスリートは、なぜ試合中も笑顔なのか?
過去最多のメダル数を獲得した東京五輪。なかでも卓球の伊藤美誠(みま)選手(20才)や、女子スケートボード選手ほか、メダリストの多くが笑顔で競技に臨む姿が印象的だった。
重圧のかかる場面で、なぜ彼らは笑顔でいられるのか。
「プレッシャーがかかるときこそ、笑顔を作ることで脳が“楽しい”と思い込み、力まずに実力を発揮できる」と、メンタルコーチの飯山晄朗さんは語る。
「かつては『笑いながら競技をするなんて言語道断』でしたが、いまはメンタルを整えることがよい結果につながると、科学的にも証明されています」(飯山さん・以下同)
飯山さんが指導したスピードスケートの高木菜那選手は2018年平昌五輪で2つの金メダルを、競泳の小堀勇氣選手は2016年のリオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得。また、今春まで8年間指導した星稜高校野球部(以下星稜)は2019年、24年ぶりに甲子園決勝に進んだ。エースの奥川恭伸(おくがわやすのぶ)投手(20才・現東京ヤクルトスワローズ)は、決勝戦で敗れた直後も明るい笑顔だった。
彼は現在プロ2年目。思い切りのいい投球と爽やかな笑顔とのギャップが人気で、“次世代のエース”と目されている。
「指導したての頃はメンタルが不安定で、打たれるとガタガタと崩れていました」
そんな彼に、どう笑顔を定着させていったのか?
「奥川に限らず、私が2013年に星稜のコーチに就任したときから一貫して選手に言ってきたのは、ピンチのときこそルーティンを行って心を整え、状況を楽しむことです。ルーティンとは、習慣を繰り返すことと思われていますが、心理学的には“一定の動作をすることで心を整える”、つまり、前の出来事をリセットするという意味です。笑顔やガッツポーズ、『よっしゃー』という言葉など、自分がポジティブになれるルーティンを見つけるように指導しました。奥川の場合は、笑顔が合っていたようで、1年後には切り替えが早くなっていました」
飯山さんが強く心に残っているのが、2014年の石川県大会決勝で、0対8から9回裏に奇跡の大逆転勝利を収めた試合だ。
「絶望的な点差なのに試合中みんな笑顔で、『負ける気がしなかった』と言うんです。私も驚きました」
言葉・表情・動作で「感情のコントロール」を
ルーティンで気持ちが切り替わるのはなぜなのか。
「前提として、どんなに能力の高いアスリートでも、楽しめなければ続きません。なぜなら人間の脳は、正しいことよりも楽しいことを続けようとする働きがあるからです。子供に『勉強しろ』と言ってもやらないのに、ゲームはやめませんよね。アスリートも、自発的に楽しめなければ結果は出ないか、燃え尽きてやめてしまいます」
仕事や家事も同様で、「やらなければいけないから頑張る」では、最悪の場合、うつに至ることもあるという。
「楽しさを維持するためには、負の感情をリセットするルーティンが必要なのです。人間の脳は、頭の中で考えていることよりも最後に発した言葉や表情、態度を信じる(=記憶する)仕組みになっている。その機能を利用し、最後にポジティブな記憶を脳に残せば、気持ちが切り替えられるんです」
たとえば、『ああ打たれた』と下を向くと脳はその通りに受け止めるが、ニッコリ笑って『ナイスバッティング! 次は抑えるぞ』と口に出せば、脳はその笑顔と言葉を採用し、負の感情をリセットするのだ。
「よく“ポジティブ思考で”と言いますが、考えるだけではダメ。言葉・表情・動作を『出力』することで、初めてポジティブに変換できます。優れたアスリートは、日々『感情のコントロール』を鍛錬しているんです」
アスリートではない私たちにもこの鍛錬はできるのか?
「もちろんです。嫌なことが起きたとき、とっさに『もう無理だ!』と思うのは、どうしようもありません。でも、その後にニッコリ笑ったり、親指を立てるポーズで『オッケー!』『問題なし!』などとプラスの言葉や動作をすればいいのです。『なーんちゃって』も有効です。さらに、笑顔を作れば脳は過去の笑った記憶を引っ張り出してくるので、よりリセットしやすい。たとえ作り笑いでも脳は勘違いしてくれます」
鼻歌を歌ったり、推しのアイドルの振り付けを踊ったり、スキップするのもいいそうだ。
「笑ってスキップしながら嫌なことを考えるのって、まず無理ですよね(笑い)」
視点をプラスに変えてメンタルを上げる
家族や職場の人など、親しい間柄ほど感情のコントロールが難しい場合もある。
「ネガティブな感情には、“闘う”と“逃げる”の2通りしかありません。相手の機嫌が悪いとき、カッとなるのは闘う感情で、『怒られないように放っておこう』というのは逃げの感情。どちらを選んでも事態は好転しませんし、自分の表情も悪くなるだけ。そんなときは、『私はいまどっちの感情?』と客観的になること。その後、視点をプラスに変えて、自分ではなく相手の立場を慮(おもんばか)るのです。『今日は大変だった?』と笑顔で言ってあげれば、相手も『ああ、まあ…』とトーンが下がります。『怒るくらい元気があってよかった!』と思って、普通に接するのもいいでしょう」
それに加えて挨拶も大切だ。
「それも、相手の顔を見て『おはよう』『お帰り』と言うこと。『認める』という言葉を、私はあえて『見留める』と表現しています。つまり、相手の表情をしっかりと見留めることが円滑な人間関係を築くコツ。ちなみに私は、常に笑顔で『オッケー』『ありがとう』を言うように心がけています」
コロナ禍のいま、些細なことでイライラするのは気をつけたいものだが、いきなりぶつかってくるなど、不意に嫌な人に遭遇した場合は、どうすればいいのか。
「ポジティブな視点に立ち、『当たりたいなら肩貸してあげるよ?』くらいの気持ちで受け流しましょう(笑い)。“他人は変えられないものだ”と思えば、自分が変わるしかありません。何事にもプラスとマイナスの両面があるので、プラスの側面を見るトレーニングをしてみましょう」
ムカッとしたら、まずは自分の感情を客観視。最後に「な~んちゃって」と笑い飛ばし、気分も表情も明るくいきましょう。
表情分析でわかった!笑顔と美肌のいい関係
今年7月、資生堂が顔形状3Dデータから表情を解析できるアプリケーションソフトを開発した。顔を立体的に撮影し、口角間の距離、目のサイズ、口角と目尻の距離、頬の高さを計測することで、笑顔の度合いを物理的に割り出すものだ。
化粧品メーカーの資生堂が、なぜ笑顔に着目したのか?
「弊社では、長年美にまつわるさまざまな研究を行っており、“美容法”(マッサージ、エクササイズ)も開発しています。それらをもとに蓄積した膨大なデータから、表情がいきいきとしている人ほど肌の水分量が多い傾向があり、精神的にも好影響を及ぼしていることがわかりました。笑顔と肌には密接な関係があったのです。この知見を生かし、お客さまご自身でケアをしていただけるよう、開発を進めました」と、資生堂広報部の堀文香さん。
アプリは、同社の研究所が実施している肌と表情のプログラム「S/PARK Studio美活ジム」(横浜市みなとみらい)のみでの展開だが、計測によってどんな発見があるのか。
「自分では笑っているつもりでも、実は目が笑っていないとか、頬の上がり方が少ないなど、目と口がそろってきれいに笑えていないことも多いんです。このバランスが悪いと、笑顔なのに少し怖いということに。また、『マスクたるみ』という言葉があるように、口角を上げることが難しいという悩みも増えています」(堀さん・以下同)
現在はコロナのため休止中だが、レッスンでは、研究員自らマッサージや口を大きく動かすエクササイズなどを指導している。
「『顔をしっかり動かすのでスッキリした、笑うことが楽しくなった』という声が多いですね」
笑顔は、美容にも精神衛生的にもいいことずくめなのだ。
教えてくれた人
メンタルコーチ 飯山晄朗さん
いいやま・じろう。スピードスケートの高木菜那、競泳の小堀勇氣などのメダリストほか、石川・星稜高校野球部などを指導。スポーツからビジネスまで、延べ2万人のメンタルトレーニングを行う。最新刊に『百年メンタル~心の調子をキープする言葉の取扱説明書』(大和書房)。
取材・文/佐藤有栄、土田由佳 イラスト/はまさきはるこ
※女性セブン2021年10月21日号
https://josei7.com/
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