《なぜ「半うつ」に?》「オンライン社会で動かさない“足”」「脳の“決断疲れ”」精神科医が解説する“現代人が頑張れない理由”
いつでもスマホを触っている。仕事も家事も終わらない。常に効率が優先され、SNSで周りと比べてしまうのに、実は孤独──現代人が頑張れないのは、こうした社会構造に原因があるという。それが、「うつかも?」と病院に行くほどじゃないけど、どこか憂鬱を超えた不安感がある「半うつ」を招いていると、精神科医の平光源さんは指摘する。
前編に続いて、「半うつ」になってしまう社会構造や頑張りたくても頑張れない社会構造について、平さんの著書『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』(サンマーク出版)よりお届けする。【前後編の後編。前編を読む】
教えてくれた人
平光源さん
東北のとある精神科医院を営む、精神科医。高校時代、不登校が原因で医学部受験に失敗。3浪してうつになり、ある本がきっかけでうつから回復した経験をふまえて、約25年精神科医として心のケアに当たる。支援学校学校医、老健施設往診医、いのちの電話相談医、傾聴の会顧問など、その活動は多岐にわたる。精神保健指定医、精神科専門医、日本医師会認定産業医。著書『あなたが死にたいのは、死ぬほど頑張って生きているから』(サンマーク出版)が2022年の第2回メンタル本大賞優秀賞を受賞。
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現代人が頑張れない理由6「オンライン社会の定着」
コロナ禍でオンラインミーティングが当たり前になったり、アプリの進化によりスマートフォンで仕事が完結するようになったり、オンライン社会の定着がここ数年で急激に進みました。
その結果、私たちの「体の動き」は極端に制限されるようになりました。
腕は肘から下しか動かさない。
首の動きは、モニターを見るかスマートフォンを見るかの2つの角度だけ。
足はほとんど動かない。
昔なら、仕事をするために会社まで歩き、書類を取りに別の部屋まで移動し、会議のために会議室まで歩いていました。
でも今は、椅子に座ったままで全てが完結してしまいます。
実は、人間の血液循環の70%は心臓の働きによるものですが、残りの30%は筋肉が収縮することで生まれるポンプ作用によるものです。
つまり、筋肉を動かさないと血流が悪くなり、脳に十分な酸素や栄養が届かなくなってしまいます。
「なんだか頭が回らない」
「集中できない」
「やる気が出ない」
これらの症状は、単純に「体を動かしていないだけ」なことが往々にしてあります。
現代人が頑張れない理由7 「自己責任論の蔓延」
「身から出た錆」「火のない所に煙は立たず」「石の上にも三年」ということわざがある通り、日本には古くから、善も悪も「自分の出したものが自分に返ってくる」という文化がありました。
これは美徳とも言えますが、行き過ぎると、ありとあらゆるものが「自分のせい」にされやすい傾向があります。
例えば、会社でパワハラを受けても「私に落ち度があったのかも」と自分を責めたり、病気になっても「生活習慣が悪かったから」と自分を責めたりといったことです。
でも、本当に全てが個人の責任でしょうか?
社会の構造や制度、運や偶然、時代背景など、個人ではどうしようもない要因もたくさんあるはずです。
それなのに「自己責任」という言葉で片づけられてしまうと、常に自分を監視し、責め続けなければならなくなります。
これでは、心が休まる時間などありません。
現代人が頑張れない理由8 「情報過多・選択過多」
現代人が1日で触れる情報量は、江戸時代の1年分、そして、平安時代の一生分に相当すると言われています。
この膨大な情報を処理するために、私たちの脳は休む暇なく働き続けています。朝起きてスマートフォンを見れば、ニュース、SNS、メール、広告……無数の情報が目に飛び込んできます。
そして、その1つひとつに対して「これは重要?」「返事すべき?」「読むべき?」と判断を迫られる。
実は、人間の脳が1日に下せる「質の高い判断」の回数には限りがあります。
些細な選択を繰り返すうちに、脳の判断力は疲弊していき、本当に大切な場面で「もう決められない」という状態になってしまうのです。
これを「決断疲れ」と呼びます。
「今日は何を着ていこう」「今夜の夕食は何にしよう」といった些細なことすら決められなくなるのも、日中に〝無数の小さな選択〟で脳が疲れ切ってしまっているからなのです。
現代人が頑張れない理由9 「AI・機械化の加速」
2025年のAIの爆発的な進化によって、たった10秒でプロも真っ青のイラストができたり、曲ができたり、動画までできてしまう時代です。
かくいう私も「AIのほうが先生より丁寧に話を聞いてくれる」と患者さんに言われる始末です。
「自分にしかできないこと」が見えづらくなり、自分の尊厳が危うくなる現実にしんどい思いをしている人は多いのではないでしょうか?
現代人が頑張れない理由10 「不安定な経済と将来不安」
不安定な国際情勢と異常気象、食物供給の困難さや物価高など、世界は今、不安でいっぱいです。
これは、まるで「何を作るか決まっていない状態で料理を始める」ようなものです。
普通なら、「今日はカレーを作ろう」と決めてから材料を揃えて調理を始めますよね。でも今の世の中は、「とりあえず冷蔵庫にあるもので何か作らなきゃ」という状態が延々と続いているのです。
明日の食材の値段がどうなるかわからない。
いつものスーパーが営業しているかもわからない。
そんな中で、毎日「今日は何を作ろう?」「材料は足りるかな?」「予算は大丈夫かな?」と考え続けなければならない。
これでは、落ち着いて料理を楽しむことなどできません。
私たちの人生も、まさにこの状態です。
常に「どこへ向かうのか」という舵取りが必要になり、安心して腰を据えて何かに取り組むことが難しくなってしまいました。
現代は、「不安」を通り越して「恐怖」を感じても無理はない時代に突入しようとしています。
(了。前編から読む)