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暮らし

「よく見えるようになった」の声にグループホームで働く職員が「よっしゃ!」どんなに忙しくても利用者のためにしてあげたいこととその理由

 作家で介護職員の畑江ちか子さんは、認知症グループホームで働いて5年目。利用者の生活に寄り添う中で、気になることがあるという。利用者にかけてもらうと胸が熱くなる嬉しい言葉と、祖母にまつわるエピソードを明かしてくれた。

執筆者/作家・畑江ちか子さん

1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。

※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。

水滴やくもりがあったら台無しになる

 指先に伝わる、ザラザラとしたほこりっぽい感じ。カピカピになった皮脂がこびりついている感覚。それらが、中性洗剤と水に溶けて、徐々になくなっていく。気がつけば、指先にはキュッ、と清潔を想起させる抵抗が生まれている。

 ペーパーで水気を吸い取り、あとは柔らかいタオルであらゆる部分を優しく拭いてゆく。一か所でも、どんなにわずかでも、水滴やくもりがあったら台無しになる、と私は思っている。

 さて、これでどうだろう。蛍光灯の明かりに透かしてみて、最終チェック。拭き残しはないか、タオルの繊維が残っていないか、入念に確認する。明かりに透かすと、細かい傷が浮き上がってよく見える。こればかりは洗って落とすことができないのが残念でしかたない。

「はい、どうぞ。メガネ洗ってきましたよ。あ、待って、レンズは触らないように、ここを持って…」

 メガネの持ち主――利用者が再びメガネをかけるとき、レンズに指先や鼻先が当たらないか、私はつい気にしてしまいます。もしかすると、鬼気迫るような顔をしてしまっているかもしれません。

利用者から「聞けて嬉しい言葉」

「ああ、よく見えるようになった」

 これは、私が介護職をやっていて「聞けて嬉しい言葉」トップ3に入る言葉です。

 視界を妨げる汚れを撃退してやったという達成感と、その気持ちよくわかります、という共感が混ざり合って、よっしゃ!という思いが胸から脳天に向かって一気に吹き上がってくる感じ。

メガネとおばあちゃんのこと

 私がメガネをかけはじめたのは4才のころ、保育園の年中さんのときでした。

 テレビを近くで見過ぎたせいで斜視になり、その治療のために矯正用の、アラレちゃんみたいな大きなメガネをかけることになったのです。

 かけていないと物が二重に見えてしまうので、メガネを鬱陶しく思ったことはありませんでした。しかし、まだ子供だったこともあり、メガネの扱いに苦労したことをよく覚えています。私はすぐ泣く子供だったので、レンズにいつも涙のシミがついていました。

「ちかちゃん、メガネ貸してごらん。洗ってあげるから」

 そんなとき、いつも声をかけてくれたのは、同居していたおばあちゃんでした。

「こんなに汚れたメガネをかけていたら、余計に目が悪くなるよ」

 これはおばあちゃんが私のメガネを洗っている最中に、決まって言う言葉でした。そのせいか、メガネを洗うことに対し「悪いからいいよ」と遠慮なさる利用者に、「汚れたままのメガネでは目が悪くなってしまいますよ」と無意識に声かけをしていることもあります。

最高のメガネ

 おばあちゃんが洗ってくれるメガネは最高でした。

 まるでアルコールで拭いたみたいにクリアになる視界は、メガネをかけていることを忘れてしまうくらい快適でした。自分でメガネ拭きを使ってみても、洗剤を使って洗ってみても、何故かその明瞭さには及びませんでした。

 やがて斜視は回復し、私のメガネ生活は小学校6年生のときに終わりました。おばあちゃんは「メガネが取れてよかったね」「よく我慢したね」と喜んでくれました。

 それから月日が流れ、私は二十歳後半くらいのころに再びメガネをかけるようになりました。これは単純に、仕事や趣味でパソコンを使う機会が多く、視力が低下したためでした。もちろん、メガネが汚れれば自分でピカピカに洗い上げることができました。

 そのころ、おばあちゃんはほとんど寝たきりになっていました。

 排泄や食事などを主に私の母が世話をし、入浴は訪問サービスにお願いする生活になっていました。私はといえば「仕事が忙しい」と、おばあちゃんの世話に関わることはほとんどありませんでした。

 そして介護業界へ転職し、これからは自分もおばあちゃんのオムツ替えなどを手伝えるかもしれないと思った矢先、おばあちゃんは息を引き取りました。

どんなに忙しくても…

「よく見えるようになった」という利用者の言葉を聞くと、私は自然と子供のころに戻って、自分の視界もクリアになったような気分になってしまいます。

 利用者のメガネを洗っているとき――中性洗剤を指先で泡立てて、レンズを撫でているとき、おばあちゃんもこうやって私のメガネを洗ってくれていたんだな、とつい考えてしまいます。

 これだけ人のメガネを洗う機会があるのは、介護の仕事くらいじゃないかな、とも思います。そう考えると、この仕事に就いてよかった、とも思います。

 おばあちゃんに何もしてあげられなかった私が今できることは、子供のころに教えてもらった「明瞭な視界」を、できるだけ多くの利用者に感じていただくこと。

 どんなに忙しくても、みなさんのメガネの汚れ具合を気にする余裕は持っていたい。そんな気持ちで、毎日仕事をしています。

畑江のつぶやき

畑江のつぶやき

入居者のメガネを洗っているとき、祖母のことを思い出します

イラスト/たばやん。

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