「口腔ケア」で認知症が改善する理由 認知症専門医が詳しく解説!
今、「ユニークな認知症クリニック」と話題になっているのが、岐阜県土岐市の「土岐内科クリニック」。このクリニックを開業した認知症専門医の長谷川嘉哉院長は、認知症と口腔環境の関連性にいち早く気づいた医師でもある。このほど出版された『認知症専門医が教える! 脳の老化を止めたければ 歯を守りなさい!』(かんき出版)では、長谷川理事長の歯と認知症に関する研究が詳しく解説されている。長谷川理事長に、歯と認知症の関係について伺った。
口腔ケアで認知機能の改善例が続々
岐阜県の東南部に位置する人口約6万人の土岐市には、多くの認知症の患者さんを診療している「土岐内科クリニック」がある。同クリニックは、全国の病院でも10位に入るほどの患者数を抱えているそうだ。
2000年4月に開業した、土岐内科クリニックでの認知症診療は、大きな特長がある。認知症の患者さんは、初診時に通常の認知症検査の後、歯科専用の診療イスで歯の本数や口腔環境をチェックされるのだ。
「私は開業した当初から訪問診療も行っているのですが、その段階で、歯科医や歯科衛生士も一緒に診療に携わっていました。在宅医療では、医師が歯科医や歯科衛生士と連携して診療を行うのはよくあることです。在宅医療に携わる医師は、口腔ケアの大切さを現場で見て、よく知っているのです。そこで私は、歯と認知症の関係に注目しました」(長谷川理事長、以下「」内は同)
近年、アルツハイマー病と歯周病に関する論文などが注目されはじめた。たとえば、東北大学大学院の研究グループが70歳以上の高齢者を対象に行った調査によると、「脳が健康な人」の歯は平均14.9本なのに対し、「認知症の疑いあり」と診断された人はたったの9.4本。歯で一回噛むことで脳の血流が3.5㏄増えるといわれており、結果的に脳の活性化につながることがわかっている。
こうした論文などをきっかけに、土岐内科クリニックでは2018年2月から、歯科衛生士による口腔ケアを開始した。
「一般の人が歯医者さんに行くときは、マナーとして歯磨きをしていくことが多いと思います。でも、私のクリニックにいらっしゃる認知症患者さんは、2年間入れ歯をはずしたことがない、歯磨きは週に一度のデイサービスでしぶしぶ行うだけ…といった方ばかりで、口腔内は大変汚れています。怖い言い方をすれば『ゴミ屋敷』のような状態。実際、口腔ケアの部屋に入る患者さんは、緊張して表情が硬くなっています。でも30~45分ほどの口腔ケアを終えて部屋から出るときは、みなさん、晴れ晴れとした顔をしているんです」
認知症治療で大切なのは「心地よさ」の提供
口腔ケアを受けることで認知機能が改善した例がたくさんあると、長谷川理事長は言う。
「たとえば、認知症の末期で食事がとれなくなったため、自宅での看取りを考えていた90歳の女性の患者さんは、一度、口腔ケアをしただけで食事ができるようになりました。他の多くの患者さんも、『自分からすすんで掃除をするようになった』、『忘れ物をあまりしなくなった』など、ご家族からうれしい声が届いています。また、寝たきりの患者さんの口腔ケアをすると、部屋の悪臭が改善されるといった効果もありました」
長谷川理事長は、これまでに約20万人の認知症患者を診てきている。その経験から、認知症の治療で大切なことの一つは「心地よさ」ということを、実感しているそうだ。
「人間が心地よさを感じるのは、脳の扁桃核という部分です。その隣に、記憶を司る海馬がくっついています。記憶に残っている事柄には、楽しかった、悲しかった、悔しかったなど、必ず感情がともなっています。扁桃核が刺激された、心地よい出来事は忘れずに残っているのです。アルツハイマー病の患者さんの脳は、海馬よりも先に扁桃核が委縮してしまうので感情が鈍くなります。ここでポイントとなるのが、口腔ケアです。口のなかを心地よい状態にしていれば、それが扁桃核を刺激することになり、認知症の予防や改善につながるのです」
今後、ますます高齢化が進み、認知症患者も増えると考えられている。歯のケアは、脳への血流に関係するだけでなく、認知症によって起こる脳の機能までも影響を与える。長谷川医師の最新刊『脳の老化を止めたければ歯を守りなさい』には、「ボケない脳をつくるのは、歯」、「認知症専門医が教える、脳の老化を防ぐ歯のケア方法」、「心地よい歯みがきで、脳をみがき続けよう」など、歯と認知症の関係や、脳を守る歯のケア方法なども詳しく紹介されている。
認知症患者さん一人一人としっかり向き合う
「一般的な認知症の外来では、初診時に認知症の診断をし、その後は薬の処方と血圧の測定のみ…という診療になることが多いケース。私は地域の基幹病院で働いていたことがあるのですが、認知症の患者さんは初診の後、途中から病院に来なくなってしまうんです。おそらく、『血圧を測るだけなら病院に行かなくてもいいだろう』という考え方になってしまうのでしょう」
土岐内科クリニックでは認知症の患者さんに対し、三ヵ月に一度、認知機能の検査を行っているという。
「認知症に関しては、MRIなどの画像はあまり重要ではないんです。というのも、脳が委縮していても正常な人はいますし、逆に画像上は問題がないのに認知症を発症している人もいるからです。私のクリニックでは、常に認知機能を意識しながら薬を処方し、その経過を観察しています」
長谷川理事長が認知機能の検査に用いるのは、認知症の検査で広く使われているMMSE(ミニメンタルステート検査)で、問診によって行われる。
「過去に大きな病院に勤務していた経験からいうと、認知症は大病院では診察しづらい病気なんです。なぜかというと、認知機能を評価するための質問形式の診療には、時間も手間もかかるからです。岐阜県の片田舎にある私のクリニックに、多くの認知症患者さんがいらっしゃるのは、手間と時間をかけたオーソドックスな診療をしているからなのだと思います」
もうひとつ、土岐内科クリニックに認知症の患者さんが集まる理由がある。実は土岐内科クリニックは、医療法人ブレイングループに属している。同グループでは、訪問看護や訪問リハビリ、デイサービスなど、在宅生活を充実させる医療サービスを行っている。
「たとえば、認知症患者さんが私のクリニックに通院することができなくなった場合は、ブレイングループの訪問診療に切り替えることができ、看取りまで責任もって行います。グループ全体で連携できる体制が整っているのです」
口腔ケアと患者さんに寄り添った治療、そして生活をトータルにサポートする体制があることが、長谷川理事長が行う診療の大きな特長と言えそうだ。
長谷川嘉哉 (はせがわ・よしや)
1966年、名古屋市生まれ。名古屋市立大学医学部卒業。医学博士、日本神経学会専門医、日本内科学会専門医、日本老年病学会専門医。毎月1000人の認知症患者を診察する、日本有数の脳神経内科、認知症の専門医。祖父が認知症であった経験から2000年に、認知症専門外来および在宅医療のためのクリニックを岐阜県土岐市に開業。20万人以上の認知症患者を診る中で、いち早く認知症と歯と口腔環境の関連性に気づく。現在、訪問医療の際には、積極的に歯科医・歯科衛生士による口腔ケアを導入している。さらに自らのクリニックにも歯科衛生士を常勤させるなどして認知症の改善、予防を行い、成果を挙げている。「医科歯科連携」の第一人者として、各界から注目を集めている医師でもある。著書に『親ゆびを刺激すると脳がたちまち若返りだす!』、『患者と家族を支える認知症の本』など。
取材・文/熊谷あずさ
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