《長生きの秘訣》現役最高齢102歳の浪曲曲師・玉川祐子さんが続ける健康習慣「毎日郷土料理の“そぼろ納豆”」「両手でグーチョキパーの“運動”」
三味線を弾き続けて80年以上、いまなお舞台を務める現役の浪曲曲師・玉川祐子さん(102歳)。三味線に向き合うと眼光鋭く力強いばち捌きで圧倒されるが、普段は笑顔がキュートなおばあちゃんだ。悠々と1人暮らしをしている祐子さんのお宅にうかがい、元気で長生きの秘訣を聞いた。【全3回の第3回】
健康のために食べているものは、郷土料理の「そぼろ納豆」
――2015年に夫の玉川桃太郎さんが亡くなってから、23区内の都営住宅で1人暮らしをされています。暮らしは大変ですか?
祐子さん:102歳ともなるとね、右目は全然見えないし、耳も聞こえづらいからね。それでも今まで体は何ともなかったんだけど、少し前に腰をやってから動きづらくなっちゃった。それで娘が週に2、3回くらい通ってくれて、買い物なんかをしてくれるの。弟子の港家小そめちゃんも週に1回は稽古を兼ねて色々と身の回りのことをしてくれる。だけど、普段は自分で3食料理をしていますよ。掃除も自分でやってる。なるべく人様に迷惑をかけたくないからね。
今は子供が2人いるけど、娘は昭和20年(1945年)生まれで、息子は22年(1947年)生まれ。2人とも元気です。娘のほうがよく会うけど、息子は遠出をするときに車に乗せてくれたりしますね。
――元気で長生きの秘訣を教えてください。
祐子さん:物事はなるべく悪い方は見ない。良いところだけを見ていれば幸せでしょ。それに大好きな三味線を弾くこと。毎日練習していますからね。
ご飯は好き嫌いせずに3食食べています。嫌いなものがないからなんでも食べるけど、辛い物はあんまり食べないね。刺激のある辛いものって、食べ過ぎは体によくなさそうでしょ。意識して食べているものは納豆かな。さいの目切りにした大根を2日ほど干して、それを納豆に入れるの。塩をちょっと振って食べると、うまいんだな、これが。「そぼろ納豆」っていう、私が生まれ育った茨城県の郷土料理です。
生活する上で気をつけていることは、できる限り規則正しい生活を送ること。あんまりテレビばっかり見ていても仕方がないから、だいたい夜8時台に寝て、起きるのは6時くらい。
くよくよしないで日々に感謝することが、長生きのポイント
――運動もされていますか?
祐子さん:テレビで体操が放送されていたら一緒にすることもあるけど、それよりも、杖は使うけども結構どこへでも歩いていくから、そっちのほうが運動になっていると思うよ。
あとは、ボケ防止に頭の体操はいろいろやってるよ。例えば、両手でグー、チョキ、パーの同じものを同時に出すのは簡単だけど、互い違いに出していくの。ほら、こうやってずらしたグー、チョキ、パーをパッパッパと同時に出す。
――すごく早いですね。私にはできません。
祐子さん:そうでしょ(笑い)。あとは、山手線、京浜線、高崎線、都宮線は全部の駅名を覚えているんです。じゃあ、山手線を言うよ。上野から、御徒町、秋葉原、神田、東京、有楽町、新橋、浜松町、田町、品川、大崎……。
――祐子師匠、高輪ゲートウェイが抜けました。
祐子さん:抜けたか! 後からできた駅だからね(笑い)。長生きに秘訣なんてないのよ。くよくよしないで、人の良いところだけを考えて、日々に感謝して、誰かに喜んでもらえれば嬉しいなと思うだけ。
客の心を揺さぶるこの仕事を生涯続けたい
祐子さん:私は趣味があるのもいいのかな。子供のころから編み物が大好きで、なんでも自分で編んじゃう。指すり(三味線を弾くときに指を保護して、棹を上下に移動するときの手の滑りをよくする小物)でしょ、手袋、靴下、セーター、帽子。こんなの簡単なものだよ。3日くらいでできちゃう。それをプレゼントするのも好きなのよ。
でも結局、元気で長生きの一番のポイントは、現役でいることかな。月に1、2回、浅草にある浪曲の定席・木馬亭にバスを乗り継いで通っています。たくさんのお客さんが浪曲を聴いて泣いて、笑って、感動してくれる。その顔を見ていると、こちらのほうが元気をもらえるし、この仕事を続けていてよかったなと思うんです。生涯現役でいたいですね。
◆曲師・玉川祐子
たまがわ・ゆうこ/1922年(大正11年)10月1日、茨城県生まれ。昭和15年(1940年)、17歳で浪曲師・鈴木照子に入門。初舞台は昭和16年(1941年)、三ノ輪の三友亭。翌年、曲師に転向して高野りよの名で活動。昭和50年(1975年)に浪曲師・玉川桃太郎と再婚し「玉川祐子」に改名。著書に『100歳で現役!女性曲師の波瀾万丈人生』(光文社)がある。
撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香