兄がボケました~認知症と介護と老後と「第13回 オペのご報告」
長年自分のことを後回しにしながら、認知症の兄のサポートを続けてきたライターのツガエマナミコさん。昨年、兄が特別養護老人ホームに入所したことで、一人暮らしとなり、ようやく自らのケアに向き合えるようになりました。そんな折、マナミコさんは歯痛に見舞われます。そして、インプラントをすることになりました。今回はその手術の顛末です。
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途中不穏な空気が流れ
先日、朝からお風呂で身を清め、昼食後には処方された抗生物質を飲み、ついに行ってまいりました、自費歯科診療インプラントのオペへ!
おかげさまで上顎左奥へのチタンネジ埋設という土木工事のような荒行になんとか耐えてまいりました。60~90分の想定で、終了したのは想定内ギリギリ。若干難航して途中不穏な空気になることもございましたが、ツガエは無事でございます。
まずは、歯科助手さまによる歯石除去から始まりました。
30分ほどでそれが終わり、いよいよオペ室へ。とはいえ院内隅の半個室の小部屋でございます。小さく古めかしい病院なので天井にはシミがあり、「大丈夫かな」と思いましたが、もうまな板の上の鯉でございます。
施術台に座ってリクライニングされたあとに、顔に防水シートのようなものを乗せられました。ドラマの手術シーンでよく見る、患部だけが空いている青色のアレの顔バージョンとでも申しましょうか。口と鼻の周辺だけ丸く空いており、ずれないようにノリで頬っぺたに固定されました。
すると先生が「表情が見えないから、痛かったり、苦しかったら左手を上げてください」とおっしゃり、さっそく上顎の歯茎に麻酔注射を2本されました。すぐに歯茎が膨れるような感覚になり、痛みを感じなくなりました。
その後、ザクザクと歯茎を切っているような音や、ドリルで骨を掘っているのであろうガガガガーという振動を感じました。そのたびに血がドバドバ流れ出ていることもわかります。でも麻酔の威力はたいしたもので痛みは皆無。ありがたい限りでございます。
顎の骨にネジがねじ込まれていく感覚を感じ、ちゃんと入ったかを確かめるレントゲン写真を撮りはじめたので、「こんなに早く終わる? 楽勝ですわ」と思っておりましたところ、最後の段階に来て金具がうまく入らない事態が起こりました。
インプラントの構造は、フィクスチャーという人工歯根にアバットメントという連結部分の金具が入り、それに人工歯をかぶせて完成となります。その連結部分の金具が何度やっても入らなかったのでございます。
先生の手元が滑って金具を落とすこと2回。そのたびに先生が即座にわたくしの顔を横向きにして金具の飲み込みを回避してくださいました。
「なんで入らないんだ?」「う~む、おかしい…」といいながら先生も必死なご様子で、わたくしに「もっとめいっぱい開けてくれる?」とか、助手さまに「ぐっと抑えて。もっと思いっきり開かないと手が入らないから」と、まぁ、人の口をなんだと思っているのかと思うほど縦にも横にも広げてくださり、口角が裂けそうでございました。自らの顎の可動域の狭さが招いた苦行だったのかもしれません。
20分ぐらい格闘したでしょうか。結局、せっかく入れた人工歯根のネジを一旦抜き、より太い人工歯根に入れ替えたらうまく入ったと説明を受けました。
わたくしの上顎には直径7ミリのネジが入ったことになります。
「あとは縫っておしまいだからね」と言われたときは心から安堵し、どっと疲れが出ました。
すでに90分ほどたっていたので麻酔が切れかかり、再度麻酔注射をしていただいて、この日は終了。これから3か月ほどネジが骨に定着するのを待って人工歯をかぶせるそうでございます。
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、家に着いてから強烈な痛みがやってきました。
そのお話は次回にいたしましょう。
ところで、歯科つながりで一つ気になることを耳にいたしました。
「歯科医院の廃業が増加している」というテレビ番組の特集を拝見したのです。
わたくしが若い頃は「開業歯科医は儲かる」が定説でございましたが、どうやら時代が変わったようでございます。
少子化に加え、歯磨き製品の進化や歯科衛生に対する関心が高まり、子どもの虫歯が減っているとのこと。それはいいことには違いないのですが、少ない患者を大量の歯科医院で取り合うことになり、廃業が増加しているそうなのです。そして廃業した歯科医院をカルテや機材、備品ごと買い取って新たに開業したい人に売る「居抜き歯科医院物件専門の仲介業者」が存在すると聞いて二度びっくりいたしました。
そういえば、わたくしが通う歯科医院も子どもの姿をまったく見ません。幼少期からずっとお世話になっているところなので、もし廃業になったらわたくしは歯科医院難民でございます。今回のインプラントのお代金、渋沢栄一さま43人分(税込)が多少なりとも医院存続にお役に立てば幸甚でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ