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認知症の母は「今日は何が食べたい?」と毎日質問するがテーブルに食器を片っ端から並べるだけ―困った息子の対処法とものがない現在の台所の意味

 岩手・盛岡に暮らす認知症の母の遠距離介護は14年目になる作家でブロガーの工藤広伸さん。母は認知症の進行とともに得意だった料理ができなくなってしまった。それでも母は「息子のために料理を作ってあげたい」という思いから、台所に立とうとして――。困った息子の取った対策とは。

執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(82才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。最新著『工藤さんが教える 遠距離介護73のヒント』。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/ Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

認知症の母の料理遍歴と介護者の葛藤

 認知症が重度まで進行した母は、自分の名前が書けませんし、1分前の会話も覚えていません。それでも夕方になると、息子のために食事の準備をしなければならないという思いから、台所に立とうとします。

 認知症が軽度だった頃の母は、かろうじて料理はできていました。しかし味付けが変わったり、見たことのない料理を作ったりするようになり、最初は切なくなりましたが、何度も繰り返されるうちに、「もうやめて」と思うようになってしまったのです。

 母が準備する夕食とはどういったものだったのか、介護者であるわたしの葛藤や対応についてご紹介します。

夕方になると母が毎日聞いてくること

 わたしが、帰省して母と一緒にいるときは、夕方になると、母はわたしにこう聞いてきます。

「今日は何が食べたいの?」

 冷蔵庫に何の食材が入っているかも、料理の名前や手順も分からないのに、この質問だけは毎日してきます。母親としての本能でしょうか。

 認知症介護の本には、「認知症の人の言うことは否定してはいけない」と書いてあります。だから最初は「カレーライス作ってよ」と言って、母の気持ちに応えようとしていました。

 母が納得して話が終わるかと思いきや、本当に台所へ向かって夕食の準備を始めるのです。その行動も止めてはいけないと思い、黙って観察するようになりました。

母なりの夕食の準備

 料理の手順を忘れてしまった母の夕食の準備は、毎回同じです。食器棚から皿や箸、コップなどを片っ端から出してきてテーブルに並べる。冷蔵庫の中にある食材を取り出して、テーブルに並べる。以上です。

「こんなの料理じゃないでしょ!」と言いたいところをグッとこらえ、しばらくは母の好きなようにしてもらっていました。

 私が、一緒にいないときも母がテーブルに並べる行動は続きました。見守りカメラで母の様子をチェックしていたのですが、冷蔵庫から脱臭炭を取り出して、食材と間違えて口にしてしまったり、冷蔵庫の食材を出しっぱなしにして腐らせてしまったりすることもありました。

 ヘルパーさんは大量の食器を片付けたり、食材を冷蔵庫に戻したりするなどの仕事が増加。限られた時間の中で、紙パンツの交換や洗濯、デイサービスの送り出しなどやることは山積みで、食器や食材を片付けるまでの時間はありませんでした。

 こうしたことから対策を迫られ、台所の環境を少しずつ変えていきました。冷蔵庫の野菜室と冷凍室はベビーガードでロックして食材を取り出せないようにし、食器類は鍵がかけられる倉庫へ移動し、結果として台所には何もない状態になってしまいました。

殺風景な台所で母が片付けてしまうもの

 ロックのかかった冷蔵庫と食器類が消えた食器棚。それでも母は、夕食の準備を止めませんでした。野菜室や冷凍室の扉を何度も開けようとし、食器棚の扉を何度も開けて確認するのでした。

 手持ちぶさたになった母が見つけた新たなもの、それはガスコンロの五徳(ごとく)でした。五徳とは、鍋やフライパンなどを支える金属製の台です。

 まさか五徳に目に行くとは思っていなかったのですが、料理好きの母にとってはなじみのあるものだったのかもしれません。最近は実家に帰省するたびに五徳が外されていて、見当たらない。それが日常になっていました。

 母が外した五徳は冷蔵庫の中や台所の引き出しの奥など、日によって片付ける場所が違っていました。さらにバーナーキャップと呼ばれるコンロの炎が出る部分を覆うフタまで外して片付けるようになったため、台所の見守りカメラの録画映像から、母の片付けた場所を特定するようにしたのです。

 実は以前、母が五徳の上に食べ残したそばの入った漆器を置いて、そのまま直火で温めて焦がしてしまったことがありました。火事にはなりませんでしたが、それ以降はガスコンロのボタンにロックをかけて、着火できないよう対策していたので、五徳をいじっても火事の心配はありませんでした。

「五徳を片付けてしまう」シンプルな解決策とは?

 数時間分の録画映像から、五徳やバーナーキャップ探しを何度もするのは面倒です。現在、ガスコンロを使っているのはわたしだけで、ヘルパーさんは使っていません。

 であれば、わたしが帰京する前に五徳やバーナーキャップを外して、母の目に触れない場所にしまっておけばいいと考えたのです。母にとって五徳はもはや鍋やフライパンを支える台ではなく、邪魔なものとしか見えていないのかもしれません。

 母の自尊心を傷つけないために、本当は冷蔵庫も食器も五徳も好きにさせてあげたいと思っていますし、実際10年くらいは母の好きなようにしてもらってきました。

 しかし重度まで認知症が進行した今、安全性を重視しなければならない時期に入ったと思っています。好きなようにしてもらう介護の理想と安全性を重視する現実。今は後者を大切にしていかなければならないと思っています。

 五徳やバーナキャップを、いまは片付けて母の目に入らぬようにしています。

 ものがない台所は寂しい気もしますが、母の料理への意欲は全く衰えていません。今日も冷蔵庫や食器棚の扉を何度も開け閉めしながら、頭の中で夕食の準備をしています。

 今日もしれっと、しれっと。

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