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暮らし

認知症グループホームで働く職員が「食事中に入れ歯を外してしまう」利用者の気持ちがわかった瞬間

「入れ歯をつけると食事が美味しくないんだよ…」。認知症グループホームで暮らす78才の女性に、どう対処すべきなのか困惑していた作家で介護職員の畑江ちかこさ子さん。自らが入れ歯生活を経験し、気づいたことがあるという。(前・後編の後編)

執筆者/作家・畑江ちか子さん

1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。

※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。

入れ歯をして初めて気づいたこと

 浦田ミサさん78才。食事中、しばしば入れ歯を外してご飯を召し上がってしまわれることから、私たち職員は都度声をかけ、入れ歯を入れていただくようしつこくお願いをしてきました。

 しかし私自身、奥歯の欠損により一時的に入れ歯を使用してみたことで、浦田さんが見ていた世界が見えた気がしたのです。

 入れ歯を使わないと喉に詰まらせる危険があるけれど、入れ歯を使用したいという気にもならない――。

 私は、浦田さんの「これを入れると食べ物の味が変わっちゃうんだよ」という言葉が、痛いほどわかりました。

 私なんて歯1本でこんなに騒いでいるのに、ほとんどの歯が入れ歯の浦田さんのストレスたるやどんなものか…。

 歯が数本残っていて、そこに金具を引っかけて使用する部分入れ歯なだけに、歯に金具が引っ掛かっているイヤな感じも相当なものだったのではないかと思います。

 入れ歯を外してご飯を召し上がっていることに対し「歯をつけてくださいね」とお願いし装着いただくこと自体は、利用者の命を預かる介護職員として間違っていなかったと思います。

 けれど、そんな今までの声かけの中で、浦田さんのストレスや気持ちにまったく寄り添うことができていなかったと気づかされたのです。

 ストレスフルな入れ歯生活が数週間過ぎた頃、浦田さんがまた食事中に入れ歯を外しました。

「浦田さん」

 私が声をかけると、浦田さんは「見つかった」という顔をし、バツが悪そうに笑いました。

「入れ歯を口に入れて欲しいんですけど、」

「はいはい、そうだったよね…はあ、これをつけるとご飯の味が…」

「変わっちゃいますよね」

 浦田さんが私のほうを見ました。

「浦田さんの気持ちがよくわかるようになりましたよ、ほら…」

利用者さんと心が通じ合った瞬間

 私は口を開け、装着中の入れ歯を浦田さんに見せました。

「あんた、若いのにどうしたの!?」

 入れ歯をつけることになった経緯を説明すると「あらあら…まったくかわいそうに」と、心の底から同情するような顔をしてくださりました。

 今まで無慈悲に「歯をつけてください」と言い続けてきた私に対し、そんなふうに優しく言ってくださることに、胸がギュッとなりました。

「今まで浦田さんの気持ちをわかってあげられなくてごめんなさい。本当に、本当にストレスですよね」

「いやいや、別にそんなことはいいんだけどさ…」

「けど、私の仕事はみなさんが安全に過ごせるようにサポートしていくことだから、立場上どうしてもお願いしなくちゃいけなくて…本当に心苦しいです」

「わかったわかった、そんな謝らなくていいから。ほれほれ、今からちゃんとつけるから」

 ニコニコおどけながら入れ歯を装着し、ニッとピースサインまで決めてくださる浦田さん。

 利用者にどんだけ気を遣わせるんだ、私…と思いつつ、なんだか心が通じ合ったような気がして、自然と笑みがこぼれました。

インプラントの料金は勉強代?

「浦田さん、歯をつけていなくても、いつも上手にご飯を食べていましたよね。私なんて、たった1本の歯なのに、外してみたら全然噛めなくて」

「そりゃそーよ、あんたとは歯が無い年数が違うんだから」

 私はプロだ、と言わんばかりに浦田さんは笑いました。

 それから時は流れ、インプラントの埋入手術は無事成功しました。よくあるインプラントの謳い文句の通り、今では本当に自分の歯のように物が噛めるようになり、食事が楽しめるようになりました。ちなみに料金は、骨を足す手術込みで約25万円でした。

「浦田さん、歯を入れてくれますか?」

 今でも浦田さんに、そう声をかけ続けています。私はもう入れ歯生活ではなくなりましたが、声かけをする際、入れ歯をつけていたときの煩わしさをいつも思い出します。

「あんた、本当によく見てるねえ」

「わかります、わかりますよ。物が挟まると鬱陶しいし、食べ物が美味しく感じないですよね」

「そうなんだよ、まったく嫌になっちゃうよね!」

 ――歯が割れたときは悲しかった。インプラントは手入れにも気を遣うし、自分の歯で毎日を過ごせるに越したことはありません。こうなる前に、食いしばりについて歯医者さんに相談しておけばよかった、と後悔もしました。けれど、利用者さんとこんな会話ができるようになったのならば、歯を1本失ったことに、意味を見出すこともできます。

 この気持ちを忘れないために、1本分の入れ歯は、この先もずっと取っておこうと思います。

イラスト/たばやん

畑江のつぶやき

畑江のつぶやき

経験したことで利用者さまの気持ちがわかった!

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