遠距離介護13年目の達人と介護の素人である編集者の対話集に学ぶ「後悔しない介護」
「親の老いが気になるけど何から始めればいいかわからない」。そんな人にぜひ手に取ってほしいのが、作家でブロガーの工藤広伸さんの新著『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』だ。遠距離介護を長年に渡り続けてきた著者と編集者との対話集となっている。新著に込めた想いを著者に聞いた。
対話形式で学ぶ「後悔しない介護」の心得
「人生で初めて“介護”を意識したのは、父が脳梗塞で倒れたときのこと。わたしは当時34才で、介護について何ひとつ知りませんでした。当時の記憶をたどりながら編集さんと対話を繰り返し、執筆を進めていきました」
工藤さんの介護歴は19年前に遡る。2006年、脳梗塞で倒れた父親の介護から始まり、その後2012年頃からは重度の認知症を患っていた祖母と、認知症を発症した母親のダブル介護がスタート。母親の介護は今年13年目となり、現在も続いている。
そんな工藤さんの7冊目となる新著『老いた親の様子に「アレ?」と思ったら』(PHP研究所)は、「まだ介護が始まっていない人」「介護をしながら仕事をする人」がメインターゲットになっており、著者がこれまでに手がけた介護の実用書とは一線を画している。
「介護がまだ始まっていない人にとっては、情報を発信してもなかなか自分事として捉えにくい。親の老いは気になってはいるけど、まだ先のことだろうと、どこか他人事なんですね。
ですが、講演会でお話をすると、みなさん本当に真剣に聞いてくださる。誰もが介護については漠然とした不安を抱えているんです。そうした介護が始まる前の人にも、ぜひ知っておいて欲しいことがあるんです」(工藤さん)
親の介護は何のため、誰のためにするのか?
冒頭で綴られる本書の目的は3つ。
・老いた親についての「一歩目」の知識を具体的にお伝えすること。
・今、抱えているモヤモヤした親への不安を解消すること。
・親の介護を通じて、これからの自分の人生を豊かにすること。
介護の実体験をもとに全章でこれらのテーマの具体策を提示していくのだが、注目したいのが“対話形式”で展開する点だ。
長年の介護経験をもつ工藤さんと対話をする相手は、本書の編集者Kさんだ。
広島に暮らす70代半ばの両親の「老いは気になる」が、介護については何も知らない“介護のど素人”を自称するKさんとの掛け合いがテンポよく進む。
たとえば、1章「自分ことをいちばんに考える」の冒頭は、こんな形だ。
工藤:わたしは、全国で介護の講演会をやらせていただいているんですが、その最後に必ずお伝えしているメッセージがあるんです。(中略)「介護は親のためではなく、自分のためにやる」という言葉です。
編集K:老いた親を心配したり、介護したりするのは、親のためだと思います。それが、なんで自分のためになるのか、よくわからないのですが……。
工藤:これから説明していきますね。わたしが12年以上、遠距離介護を続けられているのは、「自分のため」と考えているからなんです。「親のため」と考えていたら、とっくに心が折れていたと思います。
編集K:親の介護が「自分のため」……?
Kさんが素朴な疑問を投げかけ、納得いくまで工藤さんの言葉に食らいついていく。章を追うごとに介護について学び、自分事として捉えられるようになる。その様子は、近年注目を浴びた哲学書『君たちはどう生きるか』の介護版のような感じで、読み進めるうちに考えが深まっていく。
著書の中で工藤さんは、自らを「第3の男」と称する。自治体などの介護の講演会に呼ばれるのは、1番目が「医師」、2番目は「専門家」。3番目に声がかかるのが「経験者」だという。
「わたしが第3の男として呼ばれるのは、専門書に書いていない向こう側を知りたいというニーズがあるからだと思います」
実際に工藤さんは介護離職の苦い経験や経済事情など、生々しい体験を詳らかにする。そこへKさんが「えっ、どうしてですか!」といった具合に逐一斬り込んでいく展開が面白い。
「読者の疑問を先回りする形で、Kさんには羊のキャラクタになってもらって、あえて強めの突っ込みを入れてもらっているんです(笑い)」と工藤さん。
自分の人生を大切にしながら親の介護を
本書で繰り返し説かれるのは、「親の介護は、自分のため。自分の幸せを大切にすることがいちばん」というメッセージだ。この考え方をベースに、介護休業制度やお金のこと、情報収集の仕方など「働きながら親を介護する」世代が、まず知っておくべきことが具体的に示される。
そして本書の後半では、「介護のストレスを一気に解消する方法」「親の老いを通して自分の老後を予習する」「親が話を受け入れやすい3つのタイミング」といった、すでに介護が始まっている人にとっても、活用できることが多く紹介されている。
「とくに8章は、介護をしているかたに読んでいただきたいですね。親の介護を通して“老い”を追体験することで、『もしも自分が介護される側だったらどうするか』『将来介護を受けるならどうしたいのか』を考えるきっかけになる。親の介護は自分を見つめ直すいい機会になると思うんです」
工藤さんは「祖母の介護は、亡くなって11年以上経った今でも後悔している」という。後悔しないための介護のために、具体的な一歩の踏み出し方とは。漠然とした親の介護への不安や心のモヤモヤがすっきりする、おすすめの1冊だ。
書名:老いた親の様子に「アレ?」と思ったら
定価:1760円
販売:PHP研究所
構成・文/介護ポストセブン編集部