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「思いも寄らないことが起きる遠距離介護」これだけはやっておくべき13の備え【社会福祉士解説】

 フルタイムの仕事や子育てをしながら、両親の遠距離介護を続けてきた社会福祉士の渋澤和世さん。遠距離介護が始まった経緯を振り返り、これだけはやっておくべき準備や注意ポイントについて解説してもらった。

この記事を執筆した専門家

渋澤和世さん

在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)がある。

遠距離介護が始まるきっかけ

 筆者の両親は、父親の定年を機に地元の静岡に戻って2人暮らしをしていました。当時70代後半だった両親は、まだ介護が必要ではなかったものの、生活面で少し不安を感じるようになりました。そこで私は、「老後の人生は孫たちとも食事や旅行を楽しんでもらいたい」と思い、私が住んでいる神奈川・川崎市に呼び寄せることにしました。

 父が現役時代に生活していた川崎市は、両親にとっても馴染みのある場所です。母親は何も言いませんでしたが、父親は「それもいいな」と賛成してくれ、私の自宅の近くにマンションを借りて暮らし始めました。

「娘の近くなら安心だろう」と、その頃の私は、親孝行をしたと信じて疑いませんでした。

 私は毎日仕事帰りに親の家に寄っていたのですが、ひと月、ふた月と経つうちに、母親が布団で寝ていることが多くなりました。実はこの時、母がアルツハイマー型認知症の初期段階だったことが後の検査でわかります。

 静岡の実家は戸建てで、窓から自然を眺めたり、ご近所さんが行き来したりする環境でした。そんな母にとってマンション生活でふさぎがちになっていたことも良くなかったのかもしれません。

 半年後、父親から「元の家に帰りたい」と相談がありました。幸いなことに、実家は借り手がつかず空き家だったので、両親は再び静岡に戻って暮らすことになったのです。こうして、筆者は川崎と静岡を往き来する遠距離介護が始まりました。

 この経験をふまえ、遠距離介護に必要なことや準備しておくべきことについて解説していきます。

「これだけはやっておきたい」3つのこと

 遠距離介護には様々なリスクがあります。孤独死も悲しい例ですが、転倒して骨折した、薬を飲み忘れていた、訪問販売の詐欺にあっていた、食事や水分を十分とっていなかった、など親の状態によっては危険な事態が起こる可能性は多々あります。

 ある時、日帰りで静岡まで様子を見に行き、20時ころ川崎の自宅に帰宅。やれやれと思っていた矢先、父親から「おばあちゃん(母親)が階段から落ちた!」とひと言だけの電話が。どんな状況なのか聞いても答えがありません。

「家に着いたばかりなのに…」と少しいらだちつつも、大事だったら大変なので、すぐに親戚とご近所に電話をして様子を確認してもらうよう依頼しました。結局は2、3段から足を滑らせたようで大事には至りませんでしたが、場合によっては救急車の手配も必要だったかもしれません。

 このような事態を経験したことから、遠距離介護は、親本人や家族が安心できる環境を整える必要があると実感しています。まず、絶対に外せない3つのポイントから説明します。

【1】要介護認定の申請

 遠距離介護に介護保険サービスの利用は必要不可欠です。脳梗塞によるマヒや骨折して車いすが必要になったなど大事でなくても、片付けができなくなる、入浴や料理をしなくなる、外出も面倒になるなど、生活に変化を感じた時点で、要介護認定の手続きを進めてみましょう。

 申請先は、自治体の高齢福祉課、介護保険課などや管轄の地域包括支援センターです。

 75才になったら元気であっても地域包括支援センターに出向き、要介護認定の必要性や総合事業のサービス利用について相談してみることもおすすめです。

 総合事業は、高齢者が住み慣れた地域で暮らし続け自身の能力を最大限に活かして、要介護状態になることを予防するための取り組みです。無理ない範囲でサークルや講演会などに参加して、自分の居場所や知人を作ると、「今日は、渋澤さん来ていないね」などの気づきにもつながります。

【2】介護保険サービスの利用

 介護保険サービスを利用すれば、在宅で洗濯や掃除、食事などの生活支援や入浴介助などの身体介護を受けることができます。
また。デイサービス、デイケアなどで体操やリハビリなどの機能訓練も可能です。

※受けられるサービスは要介護度によって異なります。
収入によって1~3割の自己負担が発生しますが、ケアマネジャーとのやりとりで、親の状況を専門家の目線からアドバイスをもらうことができ心強いものとなります。

【3】親戚や近所との連絡先の交換

 親戚や地域のかたとは疎遠だというかたもいらっしゃるかもしれません。介護をきっかけに連絡を取り、可能であれば親の見守りをお願いしてみましょう。

 遠距離介護では、緊急時に近くにいられないことがほとんどなので、サポートを頼めると心強いです。たまにはお土産を持参してお礼をするなど、親が地域で孤立しないようなフォローをしておくことも大切です。

生活面で準備&チェックしておくべきこと10選

 遠距離介護を乗り切るためには、いざというときに慌てないように普段から準備しておくことも大切です。生活面でチェックしておきたいポイントをご紹介します。

□必要な書類の保管場所を確認しておく

 健康保険証、介護保険証、銀行の通帳や印鑑、生命保険証書などの書類は、高齢になるにつれ使用頻度が高まります。急な提出を求められたときに備えて保管場所の確認を。また生活費の確保などで銀行にお金の引き出しを行う場合は、暗証番号の共有や代理人カードの申請も検討してみてください。

□貯蓄額、年金額を確認しておく

 介護保険サービスの利用や通院あるいは入院など一定の費用がかかることになります。基本的に親の資産でまかなうため経済状況について確認しておくことは大切です。

□住環境の整備、部屋を整える

 戸建ての場合は、移動や階段での転倒などのリスクを避けるために、1階を中心にした生活を想定した空間づくりをしておくといいでしょう。介護保険を使った住宅改修なども必要に応じて利用しながら安全な住環境を整えることも大切です。

□見守りサービスの利用を検討

 企業によるセンサー型の見守りサービスのほか、配食サービスと組み合わせた人による安否確認サービスや、緊急連絡ボタンの貸出など自治体のサービスも活用できます。

□ネットショッピングを活用する

 親の暮らしに必要なものは、ネットスーパーや宅配サービスを利用するのがいいでしょう。私自身は、かさばる日用品のほか、ときには親の好物のお菓子なども定期的に購入するようにしていました。そういう楽しみも大切です。

□合鍵の置き場所を決めておく

 父はデイサービスに通っていたのですが、鍵をなくしてしまうことがしばしば発生しました。私の場合、合鍵を事業所に預けたり、親にはわからない合鍵の置き場を作ったりして、ケアマネさんや事業所と共有することで乗り切りました。鍵を預けるので、日頃からケアマネさんなどとの信頼関係が大切になります。

□主治医とのコミュニケーション

 主治医と面識があることで、緊急時のやりとりがスムーズになります。帰省時には、通院に付き添い、主治医と情報交換をしておきましょう。

□親と連絡する手段を確保して定期的に連絡を入れる

 私の場合、遠距離介護している親を孤立させないように短時間でもLINEや電話を心がけました。離れて暮らしている親はそれだけでも嬉しいものです。

□救急医療情報キットの準備

「救急医療情報キット」とは、高齢者にもしものときがあった時に備える取り組みで、自治体によって無料配布しているものです。高齢者が自宅で救急車を呼んだ際、必要となる「かかりつけ医療機関」「既往歴」「服薬している薬」などの医療情報や緊急連絡先が書かれた用紙を入れた容器を自宅の冷蔵庫に保管しておきます。我が家は実際の使用には至りませんでしたが、遠距離だからこその準備とも言えます。

□徘徊高齢者SOSネットワークの登録

 認知症などで徘徊の恐れがある場合には、「徘徊高齢者SOSネットワーク」の事前登録をしておくことも考えてみましょう。高齢の家族が行方不明になったとき、警察だけでなく、地域の協力者や団体などが協力・連携して捜索をする仕組みで、自治体ごとに対応しているので役所や地域包括支援センターなどに確認してみてください。

***

 筆者の遠距離介護は、月2回ほどのペースで帰省し、4年ほど続けました。その間、父親はADL(日常生活の動作)が急激に低下して肺炎をこじらせて入院したことも。

 母は認知症の不安があったため、父のケアや入院時の付き添いは、親戚を頼ったことも多々ありました。筆者が介護と家庭と仕事のやりくりができたのは、周囲の人たちの協力のおかげだと思っています。遠距離介護の継続は、体力的にも経済的にも時間的にも余裕がないと、なかなか難しいものです。遠距離介護が始まりそうなときは、なるべく準備や環境を整えておくことが望ましいですね。

●【介護予防・日常生活支援総合事業】に社会福祉士が注目!「父の介護経験から高齢者の居場所や介護予防の必要性を痛感」|サービス内容や利用の仕方を解説 

●公的介護保険「親や自分は利用対象になる?」申請できる人の条件や制度の基本を解説【専門家解説】

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