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この記事へのみんなのコメント
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かげろう
2024-04-10
私の父は5年前に骨髄腫という血液のガンになり3年前に膵臓がん、2年前に肺がん、胃がんを手術で切除しました。その後去年の秋頃から調子が悪くなり、今年の1月に膵臓がんの再発、腹膜播種にもなり余命3ヶ月と言われました。83 歳でした。そして、2ヶ月半で亡くなりました。父は、とにかく生きたい人で前向きに治療もしようとしていました。余命宣告を受けた時に、私達娘息子の3人姉弟は、必死で毎日毎日治療法を探しました。父もショックを受けしばらく落ち着きもなく忘れたいように動き回っていました。膵臓がんは、5年生存率が一桁で、わかってはいたもののそれでも奇跡があるのでは無いかとネットでも情報を読みあさりました。叶さんは、食べる事が最期の方まで出来た事は本当に良かったと思います。うちの父は食べる事がすごく好きだったんですが、食べられなくてすぐに吐いてしまい、飲み物すら飲めなくなって、亡くなる前1ヶ月半程ほとんど食べられませんでした。痛くて痛くて、気晴らしに出かける事も出来ず、いつも険しい顔をしていて、今思うと亡くなる前もっとたくさんいろんな話をしたかったです。1週間毎に状態がすごく悪化してしまっていました。何も食べられず飲めず、病院からはもう何も出来ないので、緩和病棟へと言われ。緩和病棟の話を本人も聞かねばならなくて一緒に行った時に、父の目が赤くなっていて。今まで、頑固で建設業の1人親方だった父の気弱な姿を見た時に、何か出来る事はまだ無いのかとまた調べて残り1ヶ月だったけど、自由診療の治療をはじめました。それで、かえって弱ったかもしれません。でも、最後まで諦らめず治療をした事に後悔はありません。でも、その時に超脱水で干からびていると言われました。ガンで亡くなる前に栄養失調や脱水で亡くなってしまう場合もあるそうです。訪問看護の看護師さんに亡くなる2週間前に、今の気持ちはって聞かれた時に父は食べられる様になりたいと言っていました。何も食べられず逝ってしまいました。最後の10日は痛みがきつかったので医療用麻薬で、せん妄がひどくほとんど話も出来ず、最後の会話はお坊さん呼んどいてでした。亡くなる前に覚悟をしなければならなくなってきます。それまではできる事を必死に考えました。覚悟を決めたら、話をするほうがいいと思いました。伝えたい事をたくさんもっともっと言っとけば良かったです。
最近のコメント
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もやし
2026-05-12
70歳以上は「歩道を通行できる」は確かに法律に照らし合わせれば正しいです。ただし、より安全に通行できる施設や設備があればそちらを通行しなければいけないという原則からすると70歳以上は「歩道を通行するべき」ということになります。これは、車道通行の原則より優先されると考えます。 段差の無い車道の方が走りやすいのは分かりますが、車側からすれば迷惑極まりない行為であり、法律上も認められない行為です。 そもそも、歩道は歩行者優先にもかかわらず暴走して歩行者に危害を加える自転車が多発したことによる罰則強化という背景を考えると「自転車は車道を通行しなさい」という局所的な情報だけを拡散させるのは問題だと思います。 車道を通行することで渋滞が発生したり追い越しする車両に危険が生じるなら、道路交通法の原則を考慮すると「自転車は歩道を走行する」が当たり前です。そして「歩行者に危害を加えない速度と距離を取って通行する」ということが重要なのです。 私は自動車・自転車・歩行者の全てを毎日経験しています。最近の自転車青切符関連の記事を書いている人は実態を把握せず法律についても詳しく調べないまま記事を書いているように見受けられます。 もっと正しい記事を書いてください。
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ニシノ
2026-05-12
道路交通法では自転車は原則として「車道通行」が基本ですが、例外として、13才未満の子供と70才以上の高齢者,身体の不自由な人が普通自転車を運転しているとき。と、歩道に「普通自転車歩道通行可」の標識等があるとき。は別です。 13才未満の子供と70才以上の高齢者,身体の不自由な人は「普通自転車歩道通行可」がなくとも歩道を走れます。 また、一般の人も「普通自転車歩道通行可」の標識等があれば、徐行で歩道を走れます。それ以外では、車道が危険の場合(この判断は難しいですが)歩道を徐行ではしれる、です。
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はち
2026-05-12
きっととても猫を愛している方のコメントだと思いますが、それ以上に人への当たりが強くて、猫愛よりもそちらを多めに感じてつらいです。人の気持ちにも寄り添った表現にされれば猫たちを幸せにするための啓蒙活動ももっと受け入れられやすいのではないでしょうか。もったいないですね。
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