ターミナルケア病院に寝台付き介護タクシーで転院 あと何回、父の顔を見られる?「時間よ止まれ」【実家は老々介護中 Vol.40】
81才になる父は、がん・認知症・統合失調症と診断され、母が在宅介護をしています。美容ライターの私と3歳上の兄は、実家に通って母を手伝っています。終末期に急遽入院した父は、もう家に戻らずにターミナルケアの病院へ転院することになりました。寂しそうな母の力にならなくてはと思いながら、私も仕事場と実家を行き来する毎日に心の余裕がない。忙しくて頼れない兄や、一刻も早くベッドを空けたい病院とのやりとりに追われています。
→39話「転院しようとした矢先、父危篤との連絡が。家族は慌てて病院へ」
どの道を選んでもきっと後悔するのかも
もともと出不精で内向的な父は、定年退職後に趣味らしい趣味がなく、家でゴロゴロしていました。「こんなことになるなら、もっとアレコレやらせれば良かった」と母。フレイルになるのを防げたなら人生がもっと充実したんじゃないか、と言うのです。
「そうだよねえ。でもさ、お父さんは家で過ごすのが好きで、そうしてたんだもの。それで良かったんだと思うよ」と私。人の習慣はそうそう変えられないし、どの道を選んだとしても後悔するんだと思います。
もう危ないと言われた父の容体が持ち直したとはいえ、入院している父のために家族ができることは、もうほとんどないです。空調で唇がカサカサに乾燥する父にリップクリームを塗ってあげると、目を開けてニコニコするのを見るだけ。この笑顔、あと何回見られるのでしょう。
困ったのが、この状況でも主治医から「予定通りターミナルケアの病院へ転院しましょう」と言われたことです。
「えっ、もう少し待ってもらえませんか?」
母と私で猛反発しましたが、「難しいです」という回答しか得られず、転院が決まってしまいました。病院って、そういうものなのでしょうか…。
母と私は病院の相談員さんと看護師さんに囲まれ、入院費の精算についてや、転院の際に父が乗る寝台付きタクシーの料金は5000円かかるとか、事務的な話ばかりされました。
高齢者が病院に見せる保険証がややこしいのです。父の場合、介護保険証、後期高齢者保険証、後期高齢者医療限度額適用認定証と3つもあります。事務手続きに必要なものを揃えながら、こちらの気持ちも考えずに、こんなにもすごいスピードで転院させるのか!と怒りが湧いてきてしまいました。病院の方々も気の毒そうな様子をしていたので、つらいお仕事をしてくれてるのだなとは思いますが。
こんなとき兄がいたらうまいこと言い返すのかも、とも思いましたが、このところ仕事が抜けられず、父のことは母と私に任せっきり。私は、実家、職場、自分の家をバタバタ行き来して、もうヘトヘトです。
「お父さん、爪切ってあげるね」
せめて、病室の父にはバタバタしている様子を見せないようにしよう、一緒にいられる時間を大切にしようと思っていたのに。この日、気持ちがソワソワしていたせいか、深爪してしまいました。
「あー、お父さん、ごめんね」
痛いのはかわいそう…。しかし父はなんと、
「大丈夫、大丈夫」
とハッキリ答えたのです。今思えばこれがシャキッと話せた最後の言葉でした。
「お父さん、今日はしゃべれるね」
一緒に来ていた母のうれしそうな顔!このまま父の時間が進まなければいいのに。「時間よ止まれ!」なんて変なことを思ってしまいます。もしそうなったらうちの子どもたちの青春も止まってしまい、意味がないことですが、「亡くすのは自然なことだ」と、心から納得できる日なんて来るのでしょうか。
転院の日はあっという間にやってきました。面会時間が限られていた今までと違い、この日は準備のために父と1時間くらい病室で過ごせました。うれしそうにお節介を焼く母の顔がやっぱり寂しそうで見ていられなかったです。
寝台タクシーには母と私も一緒に乗り、母はずっと父の手を握って話しかけていました。運転手さんは雰囲気が暗くならないよう朗らかに私たちと話してくださり、この時間、私は泣いてしまいそうでした。
今でも悔やんでいるのが、転院先に着いてから介護タクシーの支払いを母に任せて私が父と話してしまったことです。病院の担当者が来るのを待つこの時間が、父と話せるラストチャンスだったのに。どうして母と代わってあげなかったのか…。
病院のデイルームで職員の方と簡単な打ち合わせをしている間、父が検査でいろんな部屋を巡ってるのが、廊下の向こうに見えました。病院に入る際の検査を、またイチからしなくてはならない決まりなのだそう。こんなにあっちこっちの部屋で検査をさせられるなんて、父が気の毒で仕方ないです。疲れてしまうに決まっている…。そう思った矢先に。
またも父の容体は急変することになるのです。
文/タレイカ
都心で夫、子どもと暮らすアラフィフ美容ライター。がん、認知症、統合失調症を患う父(81才)を母が老々在宅介護中のため、実家にたびたび手伝いに帰っている。
イラスト/富圭愛
●介護タクシーとは「料金は?家族も乗れる?介護保険は使える?」|介護の疑問を専門家に直撃!