コメント
この記事へのみんなのコメント
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イチロウ
2019-04-16
生きている者は、死ぬ時に笑えるでしょうか? 私は、出来ない、と思います。 否、してはならない、と思います。 そもそも我が身に宿る魂は、我が身があればこそこの世にある、と思います。 我が身と魂は、一蓮托生の関係なのです。 両者は死に依って滅びます。 それを両者が笑えるでしょうか? 私には絶対に出来ないこと、と思います。 生きているものが死を迎える時には、生きようとするので自然です。 例えば、我が家の長男猫は、死を前にしても生きようとしました。 死を目前にして胃の中のものを全て、私にはかからないように自らの傍に吐き、飼い主である私の眼を真っすぐに見て息を引き取りました。 息を引き取っても両目は私を見たままでしたので、何度も瞼を閉じましたが、その度に両目を開いたので、未だ息があるのか、と名前を何度も呼びました。 抱いた体が硬直し始めたので始めて、亡くなったのだ、と自分に言い聞かせた程でした。 猫とも思えない最後でした。 19年と5カ月を共に生きた愛猫は、飼い主の私に生きるとは何か、死ぬとは何か、を教えてくれた、と思います。 二度とないこの世を去るにあたり最後まで生きる、と努めた愛猫のように生きたい、と思います。
最近のコメント
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ほんにゃっく
2026-11-03
こんにちは。認知症の方との関わり方の悩みではありませんので、まと外れなコメントということで、削除されるかもしれませんが。。 私も母親から来る強いストレスでヘトヘトです。円形脱毛ができました(笑)洗濯物を汚い廊下をズルズルひきずるというコメントの時にも書きましたが、母は仕事もアルバイトもしたことがありません。 そしてかなり前の出来事になりますが、私はYoutube でお料理動画を見ていて、これ、作ってみたいな。というのがいくつかあったんです。 前日に、母に「明日は私が夕飯を作るね」と言ったら、OKしてもらえましたが、どうせいつもの母なら、私が作ると言っても勝手に作ってしまうだろうな、と思ったので、″2回同じことを言いました ″←重要 次の日、風呂から上がったら夕飯を作ろうと思っていましたので、念のために、「夕飯私が作るね」と母にもう一度同じことを言いました。 そして、風呂で頭を洗いながら、Youtubeで見た料理の手順を思い出して復習していたんです。 その時に、母が「ねえ、ねえ」とか風呂の外で何か言っていたのですが、こっちはシャワーをジャージャー流していたので聞こえなかったのです。 そして、ドライヤーやスキンケアを終えて、台所へ行ったら。。。 やっぱり。。 なんと、母は私が用意していた材料を使って、料理を3品も作っていたのです!(ToT)(まだ完成してませんでしたが) 私は、激怒して怒鳴り散らし、母の作った料理をゴミ箱にぶちまけてやろうかと思いましたが、さすがに食べ物を粗末にするわけにもいかず、我慢をしてこらえました。 その後、「私が作ると伝えといたのに、どうして勝手に作っちゃったの?」と問い詰めましたが、むにゃむにゃとよくわからないことを言うだけでした。 主婦は、会社のように首を切ることはできません。ブログ主さんも、「洗濯物の小競り合いが何年にもわたって続いている」と書いていらっしゃいましたが、終わりがないのです。死ぬまで続くのです。 縁を切る以外に解決方法はないのかもしれませんね。この投稿をお読み頂いて、少しでも、「あるある!」みたく思ってくれた方がいらっしゃったら、幸いです。 ありがとうございました。
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あきこ
2026-11-02
私も67歳 夫は2006年に交通事故で全身麻痺 在宅介護しています。
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珠美
2026-11-02
手術で後遺症が残り生活に支障が出て諸々塞ぎ込んでいる者です。 ご主人の「50代なのに…」というお言葉にも、とても共感できます。 少しだけ前を向いてみようかな、ありがとうございました。
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