老化を止めるのは「可能」か「幻想」か 最新研究で判明した“若返り”の秘訣「NMNほか“夢の薬”に潜むリスクを見極める」
高齢化対策は日本の社会保障制度を考えるうえで大きな課題となっているが、一方で「人をより長く生かすための医療」は日々進歩している。最新医療は「老化」を防ぎ、健康寿命を延ばせるのか。
オートファジー研究の第一人者である吉森保・大阪大学栄誉教授と、ノンフィクション作家で『老化は治療できるか』の著者・河合香織氏が語り合う。
吉森保さんプロイール
1958年生まれ、大阪府出身。細胞生物学者。大阪大学大学院医学研究科博士課程中退。医学博士。現在は同大学医学部教授(栄誉教授)。2019年紫綬褒章受章。近著に『生命を守るしくみ オートファージ老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社刊)
河合香織さんプロフィール
1974年生まれ。ノンフィクション作家。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。2009年に小学館ノンフィクション大賞、2019年に大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を受賞。近著に『老化は治療できるか』(文春新著)。
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「白髪では死なない」ように、老化と寿命は別物
河合さん(以下、敬称略) 近年、老化のメカニズムに関する発見が相次いでいます。吉森先生はどうお考えですか?
吉森さん(以下、敬称略) まず皆さんに知ってほしいのは、「老化」と「死ぬこと=寿命」は別物だということです。我々研究者はそう分けて考えます。例えばアフリカのハダカデバネズミやアホウドリは、ほとんど老化せずに長生きし、寿命を迎えることがわかっています。つまり、生物の一生において老化は必然ではないのです。
河合 人間には健康に関わらない老化もありますね。例えば「白髪」とか。
吉森 白髪では死なないですね。さらに、河合さんが著書に書かれたように、“死なない生き物”の存在も見逃せません。海に棲むベニクラゲは、ある程度の年齢になったら“若返り”を繰り返し、死なないとされます。老化だけでなく、死も必然ではないのです。
河合 先生がノーベル賞受賞者の大隅良典先生と研究されてきた「オートファジー(自食作用)」は、老化を防ぐ鍵になると期待されていますね。
吉森 研究するなかで、オートファジーが老化に関わると知りました。人間を作っている37兆個の細胞の中身は数%ずつが日々壊され、新しく入れ替わります。
細胞が自分の中身を分解する働きがオートファジーです。細胞内に現われた病原菌などの有害物質を“パックマン”のように包み込んで壊す働きもあります。神経細胞や心臓の細胞はほぼ一生入れ替わらないため、細胞内を“掃除”してくれる働きはとても重要です。
河合 アルツハイマー病などの原因となる異常なタンパク質「アミロイドβ」も分解してくれるそうですね。オートファジーの活性化により老化が防げるのですか?
吉森 加齢によりオートファジーは低下しますが、私たちは加齢で増えるタンパク質「ルビコン」がオートファジー低下の原因と突き止めました。動物実験ではそのルビコンを抑えることで寿命が1.2倍に延び、パーキンソン病や腎症など複数の加齢性疾患が軒並み抑えられるとの結果が出ています。ヒトでも同様の結果となる可能性は非常に高く、現在、ルビコンを止める薬を開発中です。河合さんは第一線の研究者を取材されていますが、どうお考えですか?
老化防止サプリとして話題の「NMN」とは?
河合 私も老化を止めることは可能な段階に入ってきていると思います。老化防止サプリとして話題を呼ぶ「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」など新しい成分や技術は、健康寿命をもっと大きな意味で変えるかもしれません。ただ、NMNは過熱しすぎている感もありますが……。
吉森 多くの読者は「NMNってどんなもの?」と疑問かもしれませんよ。
河合 まず、老化制御に関わる遺伝子「サーチュイン」が働くために必要な物質が「NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)」。私は忘れましたが(笑)、NADは高校の理科で習うそうです。NMNはこのNADの材料になる物質です。
NADは加齢に伴い減少しますが、そのことが寿命に重大な影響を及ぼすとわかっています。そのため、体内でNADの合成を促進するNMNの摂取が老化を防ぐと期待されているのです。NMNはサプリメントとしても売られますが、枝豆やブロッコリー、アボカドなどの食品にも含まれています。
吉森 過度な期待や間違った理解が蔓延している点は心配です。NMN成分の含まれない高額なサプリが販売されていると報じられてもいます。
河合 そうなんです。例えばNMNを点滴で直接血液に入れる処置を行なうのは世界でほぼ日本だけ。血管痛や神経障害などリスクが指摘されています。
健康寿命に影響を及ぼす「生活習慣」
吉森 ユーザー側に「科学リテラシー」がないと、効果がないものにお金を出したり、健康を損ねる結果になりかねません。オートファジーの場合は納豆や赤ワインなどの食品のなかに活性を上げる物質が含まれていることがわかっています。
河合 睡眠も非常に重要です。人によっては早起きがいいとも限りません。遺伝的要因で決まるクロノタイプ(「朝型」「夜型」など体内時計の個人差)に合わせて生活することが、がんの発症や寿命に影響するとわかっています。
吉森 歳を取ると睡眠の悩みを持つ人は多いですね。僕は65歳ですが、夜中にトイレに行きたくて中途覚醒してしまい、睡眠の質が下がっています。寝不足で生じた「睡眠負債」を短い昼寝で解消するのもいいですが、サーカディアンリズム(24時間周期で繰り返される血圧や体温、ホルモン分泌など体内リズム)に従うためには夜、しっかり寝たほうがいい。動物実験から、ヒトではオートファジーは夜寝ている間に活性が上がると考えられています。
河合 やはりサーカディアンリズムですね。
吉森 運動も同じです。有酸素運動により、オートファジーの活性が上がります。
河合 食事では、タンパク質が多い朝ごはんをしっかり食べると体内でNADの量が増えるそうです。
吉森 オートファジーの活性化や、NADの量を増やすなどの老化対策は、昔から言われてきた〝身体にいいこと〟が大半です。それらのメカニズムが科学的に裏付けられてきたと言える。まずはやれることから始めることが重要です。
河合 疫学調査でも生命科学の最先端でも、生活習慣が健康寿命に影響を及ぼすとわかっています。
吉森 単に長生きを目指すのではなく、色々な興味を持って行動することが健康寿命を延ばすことにつながるはずです。
※週刊ポスト2024年1/12・1/19号
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