「天国のお父さんありがとう」故人への思いをつづった手紙で供養する「手紙参り」が話題!年月を経てから手紙を書くことの効果とその方法
もう会うことのできない大切な人に、言えなかった感謝や後悔、未練、決意の気持ち──伝えるのはいまからでも遅くはない。手紙にのせて故人に想いを届けることは、自分自身の心を整えることにもなる。亡くなった父へ送った本音、故人となったパートナーにつづる約束、両親への謝罪を手紙にしたためる「手紙参り」が注目されている理由や背景をレポートする。
天国の大切な人に「手紙参り」が注目
「おじいちゃんに、なむなむしようね」
麦わら帽子をかぶった小さな女の子に母親が優しく話しかける。手を合わせたその先には、線香の煙をまとったお墓が見える。
かつてはお盆の風物詩だった光景だが、少子高齢化や新型コロナ、例年厳しくなる猛暑といったさまざまな要因から墓参りをする人は少なくなっており、故人とのつながりが減っている。しかし、お墓に足を運ばずとも“参る”方法がある。
《私はお父さんが大嫌いだった。いろいろなところがお父さんに似て本当に嫌だった》
これはある女性が、6年前に亡くなった父をしのぶためにしたためた手紙だ。
《実は私、付き合っている人がいて、その人がお父さんにそっくりでプロポーズをされたの。受けようと思うけど、思えばお父さんが引き合わせてくれたと思っているんだ。私、生前にお父さんにありがとうと言った記憶がないけど、最後にお父さんありがとう。今日はお誕生日だよね。おめでとう》
手紙を書き上げた後、その女性は自分のいちばんの理解者が本当は父親だったことに気づいたという。
いま、彼女のように故人に宛てて手紙を書くことで供養する「手紙参り」が注目を集めている。由来は平安時代に起源を持つ證大寺(東京)の二十世住職である井上城治さんが、葬儀や法事などの参列者に故人へ手紙を書いてもらう「手紙参り」を始めたことにある。
井上さんは「手紙を書くことで故人とじっくり対話できる」と考え、葬儀や法事の時期に関係なく、一年を通していつでも故人に手紙を書き、お焚き上げができる「手紙寺」をつくった。井上さんが語る。
「お墓参りは故人と対話する大切な時間ですが、墓じまいをする人も増え、年々お墓に行く人は減っていると感じています。だから手紙を書くことで少しでも故人と過ごすひとときを感じてほしいと思ったのです」
井上さん自身、手紙の力を強く感じた経験があるという。24才のとき、先代住職だった父が病魔に襲われ、この世を去ったときのことだ。
「生前、父と折り合いが悪かったんです。あまり話をしないまま別れてしまい、何もわからないまま寺を継ぐことになり、運営に行き詰まりました」(井上さん・以下同)
そんなとき、亡き父と最後に言葉を交わした病院の喫茶店に足が向いた。
「父が座っていた席の向かいに座り、目の前に父がいるつもりでノートに手紙形式で悩みや想いを書くことを定期的に始めたんです。自分で決められない悩みを書いていると“これからどうしたいんだ”と私自身が問われている感覚になりました。これは故人と対話するお墓参りと同じだなと感じたのです」
手紙参りのやり方「故人に語りかけるように」
手紙参りの方法は通常の手紙を出すときと大きな違いはない。故人に語りかけるように筆を進め、書き上げたら手紙寺に郵送するだけ。
「もちろん、手紙寺以外の場所に送っていただいてもかまいません。たとえば故人のお墓を管理しているお寺さんに相談し、お焚き上げしてもらう選択肢もあります」
手紙寺の場合、差出人の希望がなければ他人が目にすることなく、手紙はそのままお焚き上げされる。
「さまざまな便箋や封筒で皆さん送られてきます。現在は全国から月に130通ほど届いているほか、手紙参り専用のポストに直接届けに来る人もいます」
専用のポストを設置したのは7年前のこと。その翌日には手紙が投函されていた。井上さんは1通目の手紙の内容をよく覚えている。
「“はじめまして”から始まるその手紙は、差出人の詳細な経歴が1枚半の便箋に、丁寧な筆跡で書かれていました。そして、“あなたが命を懸けて愛した○○さんをこれから命を懸けて守ります”と最後につづられていました。奥さまの亡くなられた前夫に、再婚の報告をする手紙だったのです」
手紙参りをする人はその理由もプロフィールもさまざまだ。
20代や30代の若者からの手紙も少なくなく、その中には亡くなった両親へひたすら謝罪する内容もあった。大学まで行かせてもらって就職までしたのに、会社を辞めてしまった後悔があったという。その手紙は《いま、自分の道がやっと見つかった。だから自分は絶対にあきらめないでやってよかったと必ず言えるようになるから》と締めくくられていた。
そんなふうに亡くなった大切な人に伝えたいことがあっても文章にすることに二の足を踏む人もいるだろう。しかし、井上さんは「いざ書き始めてみると多くの人がさらさらと筆を進められます」と話す。
「お墓参りに来た人に手紙参りのセットを配ったこともあります。最初は『書くことがないから書けないよ』と言う人が多かったですが、書き始めると筆が進み、2枚、3枚と書く人もいました。一般的な手紙ではないので、時候の挨拶はなしで本題から入れるため、書きやすいようです。書き始めると、自分の心の中にあるものがすらすらと出てくる人が多いです」