兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第210回 兄のレベルダウン】
7年ほど前から若年性認知症を患うライターのツガエマナミコさんの兄。時の経過とともに、症状も少しずつ進んでしまっています。この春に行われた区分変更で、とうとう要介護3に認定されるまでになりました。要介護3になったことで、兄が元気な頃に入っていた保険の掛け金が免除になり、また給付金も出る!といった朗報も届きましたが、一方で兄の様子はますます心配になってきているようです。
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ついに出ました100万円!
100万円…それは兄が要介護3になったことによる保険の給付金でございます。長らく待たされたように感じましたが、済んでみれば3カ月ほどございました。「要介護3以上で保険料免除」の特約も付けていたことで、その間に収めた月々の保険料も戻ってきまして、今後死ぬまで保険料を払わずに済むようでございます。これで年間約30万円の出費がゼロに! 言うまでもなくツガエ家の経済にとって大メリット。要介護2のままなら65歳から保険料が倍増する仕組みでしたので、なおさらでございます。“不幸中の幸”とはまさにこのことでございましょう。
ニュースでは、認知症の新薬「レカネマブ」が米国で正式認証されたと報じておりました。日本でも間もなく正式認証されることでしょう。早期の認知症ほど効果が期待できそうでございますが、要介護1~2のままで停滞すると、今回の兄の場合のような給付金や保険料免除の特約を付けていてもその恩恵にはなかなかたどり着けません。働けない、でも保険が出る条件には満たないという状態が長くなるのはいかがなものでしょうか。働けるうちに治療を始めて、働ける時間を長くするには良いかもしれません。
しかし、薬には副作用がつきもので、脳の浮腫や微小出血などが現れることがあるようです。そしてレカネマブは2週間に1度の点滴投与の薬。家族が同行しなければならないともなると負担が大きいでございますね。さらに最大の問題は年間約380万円と言われる費用。1割負担でも年38万円でございます。そして9割を国が負担することになると、今でさえ膨らんでいる国の医療費がさらに拡大することに…。
我が兄の主治医、財前先生(仮)は、お薬を出すのが大好きなので、承認された暁には兄にも勧めるかもしれません。「うちは要らないです」と申し上げたら「このろくでなしの妹め」と軽蔑されるでしょうか。でも根治するならともかく、今の状態が長くなるのはしんどいことでございます。いっそ急速に悪化してわたくし一人では介護不可能になってくれたら、早く施設にお預けすることができる―――。否、そもそも要介護3まで来たらレカネマブでは歯が立たないのですから年380万円をどぶに捨てるようなもの。月2回も点滴に連れて行く価値があるとも思えませぬ。
じつは、ここ1週間の兄のレベルダウン振りは目を見張るほどでございます。食欲の低下、言葉の理解度の低下、歩行速度の低下…。暑いという理由だけではないような気がしております。テレビを見つつもうなだれ下を向いていることが増え、食べ物をこぼしたり、おかずを手づかみで食べたり…。今日は、お皿からパンを取って一口食べ、そのパンをお皿に戻さず、テーブルの上に置き、食べ終わるまでテーブルをお皿代わりにしておりました。
1~2歳の子どもが食べこぼしたり、わしづかみしながら食事をするYouTube動画はかわいくて大好きなのですが、兄がそれだとドン引きいたします。
“老人は子どもに返る”とよく言われますが、子どものように可愛らしいお年寄りならいざ知らず、中年のおっさんの食べこぼしはストレスでしかございません。
本日は、わけあって告別式に参列してきたわけですが、自宅に帰ったら、さっそくトイレの床はお便さまとお尿さまが占拠しており、いつもは「おかえり」と言ってくれる兄が何も言わずに自分の椅子から動こうとしません。わたくしはすぐを喪服を着替えて、一瞬も座ることなくおトイレの掃除に取り掛かりました。
兄のズボンもビショビショで、脱がせて洗濯。シャワーを浴びさせて着替えさせました。お昼用として置いて行ったパンは手つかずのままで、コップやカップの飲み物もあまり減っておりませんでした。いよいよ手がかかる人になってきたことをひしひしと感じ、この日お別れをしてきた亡き友に「あたしもそっちに連れていっておくれよ~」と懇願したツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ