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連載

【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第39回 娘と母とおばの3人展」

 写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんによるフォトエッセイ。父亡き後に認知症を発症した母と千葉・勝浦で暮らす飯田さんが、母との日々を美しい写真とともに綴ります。今回は、5月後半~6月初旬まで開催された展示会のお話。

展示会までの日々

 梅雨冷えの空は霞み、紫陽花は日に日に色を濃くしている。

 庭の芝も緑が蘇り瑞々しく、キョンも豊富な食糧を食みながらのんびりと歩いている。しかし海といえば、まるで別人のように青さを失い薄白い波が灰色の凪に時折浮かぶだけ。真夏の暑さがやってくる前の、このひと時の静けさも最近は嫌いではなくなった。

 この季節に誕生日を迎える自分ももう60代。60歳を境に色々なハードルがあることを知る。映画などのシニア割引は嬉しい。対して、保護犬などの譲渡を希望すると若い家族が一緒に暮らし、同意がないと難しいという。確かに、である。

 人間なのだからいつかは誰もが老いる宿命を持ちながら、いざ自分となると、全く別の話で“シニアの自分”を想像することすら最近までしていなかった。

 なので、今回【母93歳の手編みレースのコースター、叔母の書による言葉、そして私の写真で「花と海」を表現したもの】を展示するという企画にも実は違和感がないのだった。

→展覧会までのいきさつを読む

 展示会を開催するギャラリーのオーナー女性も70代。神奈川からこの地・館山を気に入り仕事リタイアの後、地域の交流の場としてギャラリーを始めたという。

 藤沢の自立型施設にいる叔母も「あら、励みになるわね!頑張ってみるわね」と快諾してくれ、作品の内容をLINEでやり取りした。

 普段から読書家の叔母の言葉選びのセンスには、心惹かれるものがあった。

「花も花なれ 人も人なれ ~ 細川ガラシャのうたより」「ひかりにうたれて花がうまれた~八木重吉の詩より」…

 しかし、母といえば「展示会を叔母さんとするのよ」と話しても「あら、そうなの」と何だか他人事。イメージがつかないらしい。かと思うと、じゃあ作品をどうするの?と急に心配する。

 母の記憶に定着しないので、テーブルに「展示の準備は裕子がやりますので安心してください」と書いた紙を貼った。色々な注意書きを貼っていると、それも目の中で馴染んでしまったり、果ては母のメモになっていたりするので、その都度貼る。以前の母だったら、こういうことは、かなりの緊張を強いただろうが、今は忘れる分パニックにならず、それはそれでよし。

 ショートステイに行っている間に、私が展示するコースターを選び箱に入れて仕舞った。出しておくと、母の目に触れ別の場所へ移動しかねないからだ。コースターを編みながら母は「これをお店に売りに行く」と口癖のように言う。

 そう、90代にして販売意欲があるのだ。そこで「そうよ!恵子さん(母の名)の作品をたくさんの方に見てもらって買ってもらいましょう!」とハッパをかけた。

 当日の前の搬入日に、叔母は藤沢からの道順を調べ1人フェリーに乗って房総へやってきてくれた。迎えに行きたかったが、準備などで多忙の私を気遣いそうしてくれたのだ。83歳のプチ1人旅。普段から万歩計をつけて近隣を散歩しているだけのことはある。

 叔母は、若い頃金融関係の会社で10年余り働いてきた経験があるからか、事前に乗り物の時刻をタブレットで調べ、さらに通る道をYouTubeで予習してきたと言うので驚いた。

 そんな叔母と書道との出会いは、若かりしOL時代、ふと見つけた書道の看板に惹かれて、今でいうカルチャースクールのはしりに学んだことだった。それ以来、結婚しても一貫して続けてきたという。

「墨の匂いも大好きで、描いていると気持ちがいいのよ~」と言う。

 師範免許もとりながら「大きな作品を書いて発表したいというよりも、1人で好きな言葉を書いて楽しんだりするのが今はいいの」と通信教育で書を勉強し続けている。そんな叔母の感性や生きる術には見習うことが多い。私もかくありたいと尊敬している。

 3人の年齢こそ違えど、共通点といえばひとり時間を豊かに楽しむ術を持っている、と言うことかもしれない。
(別の言い方をすれば、1人で暇をつぶすコツを知っている)

 展示会の準備を整える時間、母はただ座って眺めながら「あらら、こんな日が来るとはねえ」と感慨深い表情。そして、ギャラリーのオーナーの方に「お元気ですね」と言われれば「私は若い頃テニスで耐えたから。ああ、今でもできるわよ!丸の内でタイプ打って仕事もしていたのよ~」と毎度のお話も飛び出す。

 初日に3人で過ごすために館山に宿をとった。海に沈む夕陽に富士山のシルエットが売りの宿だったがあいにくの曇天。それが最後に夕陽が沈む一瞬に雲が割れて荘厳な赤い太陽が波を照らしたのだった。

「わ~~っ!!すごい!綺麗~~」2人のおばあさんは大きな歓声をあげて感動しきり。

 叔母は笑いながら久しぶりに会う母を見て「ケイちゃん(母の呼び名)の純粋な感動力ってすごいわね。これが秘訣ね!」と言う。

 そして、いよいよ初日。

 船橋から親友夫妻が足を運んでくれた。「お母さん、お久しぶりです!」母も「本当に久しぶりね」と相槌を打つ。「お母さんに教えてもらった黒ニンニク作りをやっているんですよ」と友人。しかし、母の反応は、はて?といった感じだ。

「前、船橋に住んでいたでしょう?その時、黒ニンニクをお父さんとお母さんの2人で作っていたじゃない?」と私が言っても母は「あら、そう?覚えてないなあ。もう、何でも忘れちゃうのよ~」と笑う。

 家族で一番長く暮らした船橋だったが、本当に船橋のフの字も普段から出てこないのは一体どうしたことか?友人はややショックを受けつつ、「私もいずれ忘れちゃうのかな?」と笑っていた。

 初日の後、母、叔母ともに勝浦へ戻った。叔母が勝浦へやって来るのは初めてだった。母も久しぶりの旅や初めてのギャラリー展示に相当エネルギーを消費したようで帰った途端に自室で横になる。そして消化に良いものを夕食に軽く食べて皆で早めに休んだ。

 翌日、勝浦の友人Sさんご夫妻のところへ3人で訪問した。Sさんご夫妻は庭で丹精込めて薔薇を栽培されている。早速ギャラリーに薔薇の豪勢なブーケを2つ届けてくださったので、そのお礼を申し上げたかったのだ。

 Sさんは「薔薇はあの花束が最後でね、今は紫陽花の季節なの」と 色とりどりの珍しい品種の紫陽花を見せてくださった。

「まるで天国にいるみたいだわ」と感激しきりの叔母。その後、ウスベニアオイの花をいただいて自宅へ戻ると、叔母はハーブティーになる花を夕方まで野鳥の歌声をBGMに摘んでいた。

「普段藤沢にいたらこの時間はテレビを見ているのに、ここでは見る気がしないわね。瞑想をしているような心地ね」と叔母。母も耳が遠いせいもあるが、自分でテレビをつけようとしなくなったのはこのナチュラルサウンドのせいかもしれない。

 展示会期が終わり、日常に戻った母に「ギャラリーで展示したの、覚えてる?」と尋ねると、「ああ、ねえ、そうだったねえ」と覚えていてくれた。

 でも、疲れが出たのか、最近は朝食の後でも眠りたいと言って部屋に行くようになった。でも、起きているときは梅雨の雨が気になり、庭の紫陽花の色を楽しんでいる。

 こんな「今」が続いていくことがなんと尊いことか、と最近感じるようになった。

【バックナンバーを読む】

→第38回を読む

写真・文/飯田裕子(いいだ・ゆうこ)

 

写真家・ハーバリスト。 (公社)日本写真家協会会員1960年東京生まれ、船橋育ち。現在は千葉県勝浦市で母と犬との暮らし。仕事で国内外を旅し雑誌メディアに掲載。好きなフィールドは南太平洋。最近の趣味はガーデン作り。また、世田谷区と長く友好関係を持つ群馬県川場村の撮影も長く続けている。写真展に「海からの便りII」Nikon The garelly、など多数。
写真集に「海からの便りII」「長崎の教会」『Bula Fiji」など。

HP: https://yukoiida.com/

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